「咲桜、抱っこしようか?」
「ええっ⁉」
あ、思わず叫んでしまった。
車中、流夜くんの左手はずっと私の手を握っていた。アパートについても、降りるのを躊躇っているのをわかったらしくからかわれた。
「いやいやいや! 歩けます!」
「そうか? せっかくだから……」
「流夜くんの言うせっかくは色々おかしいからね⁉」
……過去にも色々と大変な思いをさせられたワードだ。
「久しぶりに咲桜のお茶が飲みたいんだ。いいか?」
……そう言われてやっと、動くしかないのだとわかった。このままでは、いられないのだと。
使い慣れたキッチン。カップの位置も、茶葉の位置も変わっていなかった。
二人分の紅茶を淹れた。コーヒーより紅茶がいいと流夜くんに言われた。たぶん、私が紅茶党だからだろう。
ローテーブルに設えられた足のないソファ。流夜くんが私をそこへ招こうとするけど、私は突っ立ったまま動かなかった。
「咲桜? こっちに――」
「私も流夜くんにお願いがあるの」
言いかけたのを遮られたからか、流夜くんは一度瞬いたあと、「なんだ?」と促した。
私はソファに座る流夜くんの隣に膝をついて、ポケットに手を入れた。
「お願い……………私を殺して」
取り出したのは、カッターナイフだった。
「! 咲桜っ!」
流夜くんはすぐにそれを奪い取って部屋の隅に放り投げた。そのまま、私の両腕を封じた。
「なに言ってるんだ、お前は」