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夜になる前、華取の家を訪れた。
あの日から、まる二日経った夕刻だ。
在義さんはわかっていたように落ち着いた様子で出迎えてくれた。
「……来たね」
「遅くなりました。在義さん、お願いがあります。一日、咲桜をください」
「………」
黙る在義さんに、俺は少しだけ微笑んだ。
……力は弱い笑みだったかもしれない。
「ちゃんと、在義さんの許へお返しします。咲桜がいないと在義さんの生活能力はないそうですから」
茶化すような言葉にも、在義さんは真面目な顔で肯いた。
「……わかった。咲桜を呼んでくる」
――最後だ。
松生と朝間先生に半ば抱えられるようにして降りて来た咲桜は、俺を見るなりぎゅっと顔を歪ませた。
逃げ出したい、表情は言う。
俺は先手を打った。
「咲桜、おいで」
いつかのように、いつものように、手を差し出した。
いつだって咲桜はその手を取ってくれた。
「………っ」
床を蹴って、飛びついてきた。
前より重みが少ない。背丈があるんだから軽すぎても心配になると何度も言ったのに。
「ごめんな、待たせて」
抱き寄せて、髪を撫でる。
いつもの艶もない黒髪。そこにまで憔悴しているのがわかった。
「咲桜、話したいことがある。俺のとこへ来てくれないか?」
咲桜は顔をあげて、見開いた瞳で俺を見上げる。
その首は力なく、ふるふると横に振られた。
……なにを言われるか、わかっているのだろう。
「お願いだ。……咲桜にしか、出来ないお願いがあるんだ」
そこまで言うと、咲桜は悲しげに口元を歪めて、俺の胸に顔を押し付けて来た。