朝間先生が言う。
高校時代の俺を知っているなら、降渡のことも知っているだろう。
「ええ。琉奏がお世話かけてます」
降渡が人懐っこい笑いかたをする。
「あ、宮寺くんとも面識あるんですね。雲居くん? 在義兄さんが喋っていたって言っても……口元隠してないですよね? 普通に喋ってると思ってました。そこは」
降渡が二度瞬いた。
「ええ。ここに音声機ありまして、在義さんの声を通してました。あまり近づくと距離感とかでばれますけどね」
と、服の喉元を差す。
「聞こえてくる音波に合わせて口を動かすくらい、なんてことないんだよ。降渡くんたちは」
降渡の解答を聞いて、戸惑うように見上げて来た朝間先生に在義さんが説明する。『声』ではなく『音波』と。
「って言うか、咲桜ちゃんのことあんな言い方、演技と言えども俺がしたら殺されるでしょ。在義さんに」
「そこはね」
怖い笑みが在義さんから降渡に投げられた。
降渡はあははー、と空笑い。
降渡扮する『在義さん』が言っていた、『咲桜は私の娘です』という言葉は在義さん自身が発したものだ。
「あの……箏子師匠?」
「なんです!」
まだ気が収まらないのか、箏子さんは叫ぶように返して来た。
咲桜が思わずびくりと肩を震わせると、箏子さんは「あ……」と今の言動が失態だったように声をもらした。
「あ、の……困らせたわね。大きな声出して」
「い、いいえ……」
咲桜と箏子さんの間にぎくしゃくとした空気が流れる。
咲桜は困ると言うより、戸惑っていたんだろう。
ずっと箏子さんには、嫌われていると思っていたから。
俺としては、あの時見た箏子さんの瞳でなんとく感じていた。
俺の存在――咲桜の恋人そのものを赦(ゆる)さない瞳だったから。
咲桜が、握っていた拳を解いた。
「……箏子師匠」
そして、ゆっくりと頭を下げた。