小走りになって保健室へ向かうと、すでに二人の姿は消えていた。
「貸し一つですよ、神宮さん」
え?
神宮さん? 扉越しにそんな声が聞こえて来て、扉にかけた手が止まってしまった。
朝間先生は、教師仲間はみんな『先生』と呼んでいたはずだけど……。
「……わざわざ恩売りに来たんですか」
……え?
続いて聞こえた流夜の声が、『神宮先生』ではない。個人的に知る『流夜』だった。
「当り前でしょう。わたしの咲桜ちゃんを奪っていくような輩には恩も貸しも売りまくって作りまくって破滅させますよ」
ええええ―――――――――⁉
わたしの咲桜ちゃん⁉ さ、咲桜は朝間先生の恋人だったのか⁉ それを同じ教師の流夜が奪った……⁉
色んな意味で思考停止した。
背中にはダラダラ冷や汗が流れる。
ま、まさかそんな三角関係がこの進学校で繰り広げられていたなんて……。
しかもそんなドロついたこととは縁のなさそうな爽やか系の三人で。
さらにしかも生徒と教師。
ただ蒼ざめる。
硬直した俺の目の前の扉が勢いよく開かれた。
「旭葵。中入れ。目立つ」
流夜に言われて、俺はロボットみたいな動きで保健室に入った。
「あら。弥栄先生?」
「知ってます。旭葵は。話しましたから」
「ばれたんですね。隙だらけですねー。心配なんで別れませんか?」
「単刀直入過ぎです。別れません」
ま、まだ意味深な応酬が続いている……。
「旭葵? どうした。黙りこくって」
「え、いや、その…………」
狼狽える俺の、その理由を察してか、流夜は簡単に説明してくれた。