……私のために、無理をさせてしまっているのかもしれない。
「咲桜?」
笑満に下から顔を覗き込まれて、はっと意識を取り戻した。
「どうしたの? 蒼い顔してる……調子悪かったら帰った方がいいんじゃ……」
指摘されて、右手の甲を頬に押し当てた。隠すように。
「あ、ううん。ちょっと考えごとしてただけだから。大丈夫」
「ほんと? ……あ、さっきの着物の人? あたし気が廻らなかったけど、咲桜の知り合い?」
まだ、笑満の両親は来ていないようだ。
フロアには流夜くんと降渡さんと遙音先輩。吹雪さんは私たちと休憩室の入り口辺りにいて、頼は開いた扉に隠れるようにフロアを窺っている。
笑満と私も声が聞こえるようにとその近くにいる。椅子に座っているような心の余裕はない。
「あ、えっと……」
司國陽。斎月の恋人。
流夜くんに『つかさ』の名を教えてもらったとき、司くんには二つの呼び名があることも少しだけ聞いた。
本名は『司國陽』。
しかし、彼だけを呼ぶときは『主咲』という字を当てるらしい。
なんでも当主だけが名乗れる呼称だとか。
年齢は聞いていなかったから、さっき知ったときはもう当主でもあるのかとえらい驚いたが。
遙音先輩に斎月のことは話すなと言われているけど、笑満や頼への口止めはされていない。
でも二人に話せば先輩にもばれてしまうだろう。
「着物? もしかして主咲に逢ったの? 咲桜ちゃん」
そう言ったのは吹雪さんだった。珍しく目を見開いて、驚いた顔をしている。
「あー……ハイ」
吹雪さんに嘘はつけない気がする。曖昧ながら肯いた。
「つかさ? さんて言うの?」
笑満が首を傾げたので、「そう」とだけ答えた。
「……あれが出張ってきたか……」
吹雪さんは口元に指を当てて独り言ちている。ふいっと顔をあげた。