「互いに兄弟を称する二人ですから、心配されることもありません。あの二人が起こす喧嘩にしては、暴力を伴わないだけで及第点です」
「……暴力?」
「流夜さんはともかく、さくはすぐに手足が出ますので。見かけに騙されませんよう。あれで吹雪さんより喧嘩っ早いですよ」
「え……」
み、見かけに騙されませんようって……彼氏にそんな言いかたされるって、斎月は何をやらかしてんだ。
「ええ。アメリカにいた頃は流夜さんを武術の師としていますから、腕は相当。その二人は顔合わせたら十中八九、口喧嘩がやまないので、今日はそれについて咲桜さんの気苦労を少しでも減らせたらと思い伺いました」
「……どういうことですか?」
「もし二人が喧嘩し始めたら、一言言ってもらえればよいのです。特にさくの方には効果覿面かと」
司國陽――会話の中でも口を動かすのと瞬くの以外、表情筋一つ動かしてないんじゃないだろうか。
司くんから聞かされたその一言と継いだ言葉も、よく胸に刻んだ。ついでに手にメモした。
「あの、斎月のこと『さく』って呼ぶんですか? あ、っと――呼ぶの?」
司くんに改まらないでいいと言われても、どうしても緊張感纏う司くん相手では難しい。
「『斎月』というのは、さくの男としての名前なんですよ。アメリカでは男として育てられていたことはご存知ですか?」
「あ――うん。聞きました。流夜くんも最初は男の子だって思ってたって」
「流夜さんが出逢われたのはあくまで『大和斎月』ですからよく忘れているようですが、俺は真実(まこと)の名からとって『さく』と呼んでいます」
あれが、忘れないために。
司くんは、感情の見えない顔と瞳でそう呟いた。
「――咲桜!」