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俺の中で、揺らがなかったものがある。

咲桜の父親は在義さん、母親は桃子さん。

美流子のことや、宮寺が明かしてしまった科学的事実は、俺にとっては衝撃ではあっても問題ではなかった。

咲桜が非道く気にして、心を病むほどであったことの動揺の方がどれだけ強かったことか。

吹雪に言われた。「お前は何人いるの」と。

斎月と日本で再会したときにも言われていたことだが、基本的にぶっ飛んだことしかしない弟の性格の所為で欠片も気にしていなかっただけで、今までにも指摘はされていた。

今、神宮家事件の被害者遺族はいない。

生存が確認されている唯一の子ども――当時は赤子――『神宮流夜』を、今在る流夜(俺)は、きっと自分と解離(かいり)している。

そうしないと生きてこられなかったから? でもそれだったら、咲桜の出生に少しくらい動揺があってもいいはずだ。

俺の心が揺れたのは、咲桜の悲鳴にだけ。

あんな……今にも死んでしまいそうな声を、恋人から聞くことがあるなんて。

咲桜が哀しそうな顔をしている。自分から離れなければいけないと思っている。

咲桜は何も悪くないのに、自身を赦せないでいる。

『そうか、この現実はそういう感情を伴うことなんだ』。

咲桜を見てその感情を理解した。

俺の中にはそよ風すら起こさない現実だった。

斎月や衛、蒼には一度ずつ訊かれたことがある。

『自分の家の事件を解決しようとしないのか?』

え? 問いかけの意味が分からなかった。

確かに俺の成長には関わる事件だ。

だがそれは、俺の中では順番に検証して片付けて行くべきもので、まだその順番が来ないから手をつけていないだけだった。

過去の未解決事件で、時効に間に合うもの、被害者やその家族から捜査を求められている形跡のあるものから手をつけていた。

吹雪は資料庫に追いやられているので、ちょうどいい場所だった。