ーーーー次の日だったと思う。私は、黒板に文字を書く、高橋先生の指先から、目を離せなかった。左利きの先生の薬指に、今まで見た事ないものが光ってたから。

すかさず、クラスの誰かからツッコミが入る。
先生は、照れながら、「内緒にしてたんだけどな、昨日、結婚式だったから」と笑った。

教室のあちこちから、冷やかしが飛び交う。笑い声に包まれた教室で、多分、笑えなかったのは、私だけだ。

後ろの席から、春馬のつま先が、私の椅子裏をコンッと蹴った。いつもはこんな事しない。

私は、スマホをポケットから取り出して、ラインのメッセージで返事をする。

『ほっといて』

すぐに、また返事がくる。

『今日はキャンセルしとくな』

今夜のカットのことだ。

高校生になってからは、閉店後、だれもいない美容室で、春馬が、私の髪を切ってくれていたから。

恋がうまくいかないモヤモヤとした思いと、夢もなくて、空っぽの自分に、腹が立ってイライラした。どうしようもない、こんな自分を魔法みたいに、あっという間に、変えられたらどんなにいいだろう。

『いくから』

それだけ送った。春馬からの返事はなかった。  


ーーーー約束の時間の5分前、私は、春馬が誰もいない美容室で、丸椅子に跨ってる姿を確認してから、ガラス扉を開けた。

「ここ座って」

春馬は、目の前の白いスタイリングチェアを指差した。

私は、返事もせずに言われたとおり椅子に座った。大きな鏡に映し出された、泣きすぎて真っ赤な瞳の自分を見ると、春馬に見られたくなくて、すぐに俯いた。

春馬が、私の髪の毛を一つに持ち上げて、グレーのカットクロスを掛ける。

「毛先だけ切るな」

「ショートにして」

春馬の手が、ぴたりと止まって、鏡越しの春馬の大きな瞳が、更に大きく見開かれた。

「はぁ?なんだよ、急に」

「もう嫌なの。自分を変えたいの」

私は、小さい頃から、長い髪の毛が好きだった。絵本にでてくるお姫様は長い髪が多いから。王子様が、お姫様を迎えに来てくれる絵本が大好きで憧れだった。

きちんと手入れもできないけれど、あっちこっちに毛先が、いって纏まらないけど、ずっと伸ばして、胸より上に切ろうと思ったことは、一度もない。春馬に切ってもらうのも、いつも伸びた、毛先の数センチだけだった。