「なぁ、真理亜、恋するのにさ、ドキドキする理由って必要?」

「え?だって、ドキドキするのが恋でしょう?」

呆れたような顔をした春馬が、鏡越しに、ふっと笑った。

そして、その表情は、すぐに真剣な顔に変わる。

「俺は、ドキドキしなくても真理亜と真理亜の髪に恋してる。小さい頃からずっと」

ふわりと髪を漉くように撫でる春馬に、何故だか、私は視線が逸らせずに、釘付けになる。

「俺じゃダメ?」

思わず、身体が氷みたいにカチンと固まった。

そんなドラマでしか聞いたことない台詞を、今、春馬が言ったの?

「……だ、めだよ!だって、春馬は、恋愛のススメの定義に当てはまらないもん」

纏まらない髪の毛と一緒で、ひねくれてる私を春馬は、後ろから(くる)むように抱きしめた。

「わっ、春馬」

鏡越しの春馬の顔が、いつになく真面目で、私は、顔が熱くなる。

「ど、うしたの?……春馬?」

何故だか、わからないけど、心臓が飛び跳ねていく。ドクンドクンと速度を上げて、呼吸は、浅くなる。

「じゃあさ……何て言ったら、真理亜が、ドキドキする理由が、俺になんの?」

「春馬?」

思わず、春馬の腕を振り払った。そして、私が振り返って、鏡越しじゃない春馬を見ようとした途端に、春馬の掌が、私の顎に伸びて強引に前を向かせられる。

鏡に映った私は、驚く程に真っ赤な顔をしていた。それを眺めながら、春馬が、意地悪く口角をあげる。

「見て。真理亜、顔、真っ赤。良かった、ちゃんと、俺にもドキドキしてくれんじゃん」

「えっ、違う!これは……春馬が……」

そこまで言った、私の言葉を春馬が遮った。

ーーーー鏡越しに私達が映っている。

春馬の綺麗に染められた、茶髪の後頭部しか見えなくて、私の唇と、春馬の唇が、重なっていることに、少し遅れて、感触で気づく。

ゆっくりと、唇が離されて、私は、まるで春馬に言葉も心も持っていかれたかのように、何も考える事も言葉にする事も出来なかった。

私は、ただ、視線を揺らしながら、目の前の春馬を見つめた。