(18)
「巫だろうと何だろうと、お前たちみたいな小鬼を食べる趣向はないよ。まあ、こっちの烏さんはどうだか知らないけど?」
「こんな不味そうな奴ら食ってたまるか。わかったら、さっさと軒先に戻れ」
「はイ!」「はイ!」「はイ!」
声を三重に揃えた小鬼たちは、もの凄いスピードで軒先へと戻っていく。
それで満足したらしい二人に対して、暁だけが扉の前に突っ立ったままだった。
「アキちゃん? どうしたのぼうっとして」
「何だ。あのチビたちが何か悪さでもしたか」
「……二人に、聞きたいことがある」
不穏な空気を、瞬時に察したらしい。
ピタリと動きを止めた千晶と烏丸は視線を交わしたあと、ゆっくりと暁に向き合った。
そんな二人を見つめ、暁が口を開く。
「テング、って、言ってたね。家鳴たち」
「? だね」
「? ああ」
それが何か、という表情を向けられた瞬間、暁の怒髪が天を衝いた。
天狗って──私、初めて耳にしたんですけど!?
ソファーの中央で体育座りしている暁は、むっつり黙りこくっている。
能面のように表情を動かす気のないその姿に、後方では男二人がどうしたものかと頭を抱えていた。
「あ、アキちゃーん。晩ご飯出来たよ? アキちゃんの好きな、鯖の味噌煮っ」
「茶も淹れた。早く飲まねえと冷めちまうぞ」
「あ。もしかしてアキちゃん午前から遠出して疲れちゃったんじゃない? それなら先にお風呂に入る? 俺、今からお風呂入れてくるしっ」
「はちみつレモン? ってやつも作った。早く飲まねえと氷が溶けるぞ」
「ちょっと烏丸、レパートリーがなさ過ぎ。飲み物しかないわけ?」
「お前はあちこち移ろいすぎだ。鯖の味噌煮のあとに風呂ってどういう流れだ」
「だって色々試してみなくちゃ仕方ないでしょ。アキちゃんがあんなふうに黙りこくっちゃうなんて今までなかったし……!」
小声でこそこそ言い合いする二人の気配に、暁は危うく口角が上がりそうになる。
暁自身、何をここまで機嫌を損ねているのか計りかねていた。
それでも、先ほどから頭をぐるぐる回っている思考が、そのまま言葉になる。
「……何で、言ってくれなかったの」
「え?」「あ?」男たちの声が間抜けに重なる。
「何で私には……烏丸が天狗だってこと、教えてくれなかったの」
つまり、答えはこれだった。言い終わったあと、暁は再び唇を固く閉ざす。
「アキちゃん……ええっと、それは別に隠していたわけじゃなくて、言いそびれてただけというか」
「わざわざ言う必要もねえだろ。お前だって初対面の人間に『私は人間です』と自己紹介しねえじゃねえか」
「……」
そうかもしれない、と思う。
だが一方で、そういうことじゃない、とも思った。
振り返ってみれば、烏丸が天狗ということを推し量ることは不可能ではなかったのかもしれない。
天狗にはその背に翼を持つというし、中でも木の葉天狗と呼ばれるものたちは鳥のような姿形をしていたのだという。
以前烏丸が見せた川の流れを操る術も、余程強い神通力を持っていなければおよそ不可能な技だったろう。
二人の言うように、暁に故意に教えなかったわけではない。
暁が、保江や千晶と血の繋がりがないことを、わざわざ伝えていなかったのと同じように。
思考を巡らせていると、ソファー前に烏丸が立ちはだかった。腕を組み、眉をひそめながらこちらを見下ろしている。
「あのな。お前も餓鬼みたいに黙ってんのはいい加減にしろ。理由がそれだけだってんなら、もう不機嫌でいることはねえだろ」
「わかってるよ。でも……」
「なんだ」
「……寂しかった、から」
言葉に落として、ようやく自覚できた。
ああそうか。自分は寂しかったのか。
父に邪険に扱われるのも、母に温かく抱かれた覚えがないのも、閉鎖的なふるさとの村も、全て振りきって背を向けた。
慣れない環境で始まった高校生活も、華やかなものでは決してなかった。卒業後にあの村にとんぼ返りすることを避けるために、必死に働いて倹約して。
そんな自分に親しい友人など当然多くなく、人との関わり合いも希薄なまま社会人として独り立ちした。
それなのに、いつの間にこんな子どもみたいなぐずり方を覚えてしまったのだろう。
「はは。確かに子どもみたいだったね。困らせちゃって、本当にごめんなさい」
「……あ、いや。俺は」
「千晶もご飯作ってくれたんだね。ありがとう。冷めないうちに食べようか」
「アキちゃん」
肩を押され、ソファーから浮かせた暁は再びソファーに座らされる。
次にふわりと降りてきたものは、頭を優しく撫でる千晶の手のひらだった。
眉を下げながら真っ直ぐこちらを見つめる瞳とぶつかり、小さく息をのむ。
「こっちこそ、不安にさせてごめんね」
「巫だろうと何だろうと、お前たちみたいな小鬼を食べる趣向はないよ。まあ、こっちの烏さんはどうだか知らないけど?」
「こんな不味そうな奴ら食ってたまるか。わかったら、さっさと軒先に戻れ」
「はイ!」「はイ!」「はイ!」
声を三重に揃えた小鬼たちは、もの凄いスピードで軒先へと戻っていく。
それで満足したらしい二人に対して、暁だけが扉の前に突っ立ったままだった。
「アキちゃん? どうしたのぼうっとして」
「何だ。あのチビたちが何か悪さでもしたか」
「……二人に、聞きたいことがある」
不穏な空気を、瞬時に察したらしい。
ピタリと動きを止めた千晶と烏丸は視線を交わしたあと、ゆっくりと暁に向き合った。
そんな二人を見つめ、暁が口を開く。
「テング、って、言ってたね。家鳴たち」
「? だね」
「? ああ」
それが何か、という表情を向けられた瞬間、暁の怒髪が天を衝いた。
天狗って──私、初めて耳にしたんですけど!?
ソファーの中央で体育座りしている暁は、むっつり黙りこくっている。
能面のように表情を動かす気のないその姿に、後方では男二人がどうしたものかと頭を抱えていた。
「あ、アキちゃーん。晩ご飯出来たよ? アキちゃんの好きな、鯖の味噌煮っ」
「茶も淹れた。早く飲まねえと冷めちまうぞ」
「あ。もしかしてアキちゃん午前から遠出して疲れちゃったんじゃない? それなら先にお風呂に入る? 俺、今からお風呂入れてくるしっ」
「はちみつレモン? ってやつも作った。早く飲まねえと氷が溶けるぞ」
「ちょっと烏丸、レパートリーがなさ過ぎ。飲み物しかないわけ?」
「お前はあちこち移ろいすぎだ。鯖の味噌煮のあとに風呂ってどういう流れだ」
「だって色々試してみなくちゃ仕方ないでしょ。アキちゃんがあんなふうに黙りこくっちゃうなんて今までなかったし……!」
小声でこそこそ言い合いする二人の気配に、暁は危うく口角が上がりそうになる。
暁自身、何をここまで機嫌を損ねているのか計りかねていた。
それでも、先ほどから頭をぐるぐる回っている思考が、そのまま言葉になる。
「……何で、言ってくれなかったの」
「え?」「あ?」男たちの声が間抜けに重なる。
「何で私には……烏丸が天狗だってこと、教えてくれなかったの」
つまり、答えはこれだった。言い終わったあと、暁は再び唇を固く閉ざす。
「アキちゃん……ええっと、それは別に隠していたわけじゃなくて、言いそびれてただけというか」
「わざわざ言う必要もねえだろ。お前だって初対面の人間に『私は人間です』と自己紹介しねえじゃねえか」
「……」
そうかもしれない、と思う。
だが一方で、そういうことじゃない、とも思った。
振り返ってみれば、烏丸が天狗ということを推し量ることは不可能ではなかったのかもしれない。
天狗にはその背に翼を持つというし、中でも木の葉天狗と呼ばれるものたちは鳥のような姿形をしていたのだという。
以前烏丸が見せた川の流れを操る術も、余程強い神通力を持っていなければおよそ不可能な技だったろう。
二人の言うように、暁に故意に教えなかったわけではない。
暁が、保江や千晶と血の繋がりがないことを、わざわざ伝えていなかったのと同じように。
思考を巡らせていると、ソファー前に烏丸が立ちはだかった。腕を組み、眉をひそめながらこちらを見下ろしている。
「あのな。お前も餓鬼みたいに黙ってんのはいい加減にしろ。理由がそれだけだってんなら、もう不機嫌でいることはねえだろ」
「わかってるよ。でも……」
「なんだ」
「……寂しかった、から」
言葉に落として、ようやく自覚できた。
ああそうか。自分は寂しかったのか。
父に邪険に扱われるのも、母に温かく抱かれた覚えがないのも、閉鎖的なふるさとの村も、全て振りきって背を向けた。
慣れない環境で始まった高校生活も、華やかなものでは決してなかった。卒業後にあの村にとんぼ返りすることを避けるために、必死に働いて倹約して。
そんな自分に親しい友人など当然多くなく、人との関わり合いも希薄なまま社会人として独り立ちした。
それなのに、いつの間にこんな子どもみたいなぐずり方を覚えてしまったのだろう。
「はは。確かに子どもみたいだったね。困らせちゃって、本当にごめんなさい」
「……あ、いや。俺は」
「千晶もご飯作ってくれたんだね。ありがとう。冷めないうちに食べようか」
「アキちゃん」
肩を押され、ソファーから浮かせた暁は再びソファーに座らされる。
次にふわりと降りてきたものは、頭を優しく撫でる千晶の手のひらだった。
眉を下げながら真っ直ぐこちらを見つめる瞳とぶつかり、小さく息をのむ。
「こっちこそ、不安にさせてごめんね」