(10)

 ここ数日かけて調べ上げたのは、三日前に訪れた川の流れと下流域の堆積岩の分布図だった。

 琉々の元いた住み処にあの少女、サチが関わっているのは間違いない。
 父親も同様とすれば、二人をつなげる鍵はやはりペンダントではないか。
 ペンダントと住み処がどう繋がるのかはまだわからないが、今はこの推測に賭けてみるしかなかった。 

「永居川下流域……ここだ」

 サチのペンダントの情報は、茶色のペンダント。
 木目、という言葉から察するに木製。つまり、流水に浮かびやすく金属製のものより流される距離も長い。

 通常上流から流された石は、流れの中で徐々に形が削られ、小さく丸くなりながら河底に堆積していく。
 あらゆる情報を踏まえた結果、ペンダントが順調に流されてきたとすると、到達ポイントはこの辺りだ。
 もちろん上流のどこかで引っかかったり、何者かに拾われなければ、という条件付きだが。

「よし。探すか」

 自分に活を入れると、暁はゆっくりと川の中へ入っていく。

 あらかじめ用意していた長靴とゴム製のズボン。
 なかなか動きがとりにくいが、すでに何度か使用経験のある暁にはすぐに慣れた。
 すっかり日が落ちた川の下流は橋も民家もなく、いよいよ人目がない。見つからずに作業できるのはいいことだが、その分辺りの明かりも殆どなかった。

 額に取り付けたヘッドライトのスイッチを入れる。
 家鳴三兄弟を見つけたときと同様、照り具合は上々だ。
 今夜はこの光がなければ手も足も出ない。頼むよ、相棒。

『これ、話せるカ?』『アキラ?』『アキラ!』
「家鳴くんたち?」

 イヤホン越しに賑やかな声が耳に届いた。
 孤独な作業中にこの無邪気な声は、非常に活力が沸いてくる。家にイヤホンを残してきてよかった。

『俺たち、一生懸命、思い返しタ!』『それで、やっと、思いだしタ!』『父、テング、違っタ!』
「お、おお」

 サチの父はテング。
 三兄弟は、まだその討論をしていたらしい。

『父、テングじゃなイ。テーゲー!』
「テーゲー……?」

 聞き慣れない言葉にしばらく眉をひそめた暁だったが、はっと大きく息をのんだ。

 赤茶色の肌の河童。暑さに強い体質。お礼の品の魚。
 そして、木製のペンダント──。

『あ、起きタ』『起きタ』『赤い河童、起きタ!』
『な、七々扇さまで、ございますか?』
「琉々くん! ごめんね留守にして。体調はどう?」
『流水音……まさか、この時間に川に入っておられるのですか……っ?』
「大丈夫だよ。もう当たりはついてるから。探しものが見つかったら、私もすぐに戻るね」

 それは半分嘘だった。
 琉々の住み処の正体は掴めたが、結局それをこの広い下流域から見つけ出さなければならない。

 月明かりとヘッドライトしか頼れないこの場所で、人手は暁一人。
 一晩かけたとしても、見つかる確率は相当に低いだろう。

『……っ、あなたという御方は』
「え? ……わ、あ」

 その時だった。
 闇夜に黒く沈んでいた河面に、突如としてオレンジ色の明かりが浮かぶ。

 ぽこ、ぽこと次々浮かぶそれは手のひらほどの大きさの炎で、水面に浮かぶのに何故か消えることはなかった。
 湖に集って浮かぶ蓮の花のように、目を見張るほど美しい。

「これは……火? でも、一体どこから」
『人様の前で使ったのは、初めてにございます』

 イヤホンから聞こえてきた琉々の声は、先ほどに比べやや息苦しそうだ。

『なにせ周りの河童たちにはできない、異種の術であったので。排他されるのを恐れ、今まで人前で使用したことがなかったのです』
「もしもし琉々くん? まさかこの明かりを届けるために、また体力を削ってしまったんじゃ……!」
『この問題はもとよりわたくし自身のもの。七々扇さまにばかり負担をかけていては、せっかく見つけた住み処も、情けないわたくしを拒絶しましょう』
「琉々くん……」
『どうか無理はなさらずに、宜しくお願いいたします。……暁さま』