王が毒見役の交代を宣言し、候補者が王の間に集められた。選りすぐられた美少女が七名。しかし一人だけ、断トツに輝いている者がいた。

「……セイユのランだな」
「……ランですね」

 いつもなら、毒見役の選定は王が一人で決める。しかし今回は異例ながら、選定の場に王太子が呼ばれた。いずれ国王になれば毒見役の選定をするのだから、やり方を見ておくようにという理由で。もちろんそれは表向きの理由で、実際はジェイコブ王太子が自分好みの女を選ぶためだったが、表向きの理由がそうであれば継承順位二位の次男を排除するわけにいかず、レオ第二王子もその場に呼ばれた。

「どうだ、レオ。お前ならどの女を選ぶ?」

 父王とも意見が一致し、ランにすることに決めてはいたが、いちおうジェイコブ王太子は弟に訊いた。

「誰でも」

 第二王子はムスッと答えた。こんなことには関心がないし、女の顔など見たくもないという態度で。

「そうか。俺はセイユの者を推薦した。きっと陛下もあの女を選ばれるだろう」

 王太子が言ったとおりに、グレイス二世がランを指名した瞬間、第二王子の口からフーッと息が洩れた。
 それには、ある特殊な事情が関係していたのだが、それを知らないジェイコブ王太子は、「何だ、弟もやっぱりランに注目していたのだな」と思った。

 とはいえ、選ばれた十四歳の少女は、コーデリアのような華やかな美人でも、毒の作用を感じさせる「凄絶な美」を持つ女でもなかった。

 ランに派手なところは一つもない。
 髪は黒くて癖がなく、清潔感のあるショート。
 目も鼻も口も小ぶりで、上品。
 毒見の一族には珍しく、健康的な印象。それがまぶしいような光を放っている。

 ジェイコブ王太子は、このときこそ本当に「一目惚れ」した。実に、人生で初めてのことである。
 すると、まことに奇妙なことが起こった。
 女性差別主義者で、女は欲望のはけ口としか見ていなかった王太子の心に、ランを讃美する気持ちが湧き上がってきたのだ。

(なんと不思議な気持ちだ。口の中は甘く、胸の中では菜の花がいっぱいに咲いたよう。ひらひらと蝶々まで舞っている。それなのに、ひどく切なく苦しい……これが、恋とかいうものか?)

 あの死んでも治らぬサディストが、恋の意味を知ったなどと告白したら、医者もたまげて治療室に収容するだろう。しかしこの「病い」ばかりは、どんな注射でも治りそうになかった。

 こうして新しい毒見役が決まったのは、ジェイコブ王太子がコーデリアの顔にゲップをした翌日の昼であった。さっそくランは、後宮に入ることになった。

 その直後に、王太子は後宮を訪ねた。

「新しい毒見役と話がしたい」

 異例のことである。毒見役はすなわち、王の所有物である。王太子に用のあるはずはないのだ。
 しかし、王太子の命令は拒否できない。応対した女官のエリナは、ランの部屋に行った。

 后妃(こうひ)とは違い、女官の部屋は質素なものだ。ましてや毒見役には、いちばん狭く殺風景な部屋があてがわれるので、人によっては牢獄を連想するほどである。

「ランさん?」

 部屋をノックすると、どうぞという返事。エリナがドアを開ける。すると家具も何もない部屋の床に、毒見役の少女が肘枕をしてゴロンと寝転んでいた。

(まあ、後宮に入ってきたときの清楚なイメージとは、ずいぶん違う……)

 意外な気がして立ち尽くしていると、ランのいたずらっぼい目とエリナの目が合った。
 その瞬間、ドキンと胸が鳴り、エリナはランが好きになった。

(あら、なんてこと。自分と同じ十四歳の女の子にこんな感情を持つなんて……でも女だろうと何だろうと、この子を見たら好きにならずにいられない!)

 不思議な魅力に打たれた。そしてその魅力を、これまでに会った誰にもなかったものと感じた。

(まるで宇宙人というか、私たちとは全然違う星から来たみたい)

 エリナに学はなかったが、勘は鋭かった。王宮の中でいちばん鋭いと言ってもよかった。

「あの……王太子様がお呼びです」

 と、肘枕の少女は顔をしかめ、

「ダル」

 と言った。

(ん? ダル? 何だろう。異国の言葉かしら?)

 意味がよくわからずにポカンとしていると、ランはよいしょと立ち上がった。

「あなた、お名前は?」
「え? ああ、エリナです」
「エリナさん、そばにいて。王太子が何を言うか、証人になってね」

 様をつけずに王太子と言ったことに驚いているうちに、ランはずんずん廊下を進んだ。
 後宮の入口の扉で、毒見役の美少女はジェイコブ王太子と対面した。

「あ、あ、あ、あの」

 とても独裁者の長子とは思えない、緊張丸出しの声で王太子は言った。

「ち、父からの命令で、決まったことがある。そ、そ、その……」

 カラカラに乾いた唇を舐めて、王太子は一息に、

「婚約者のコーデリアとは婚約破棄する。そしてあなたを正式に妻として迎える。ここ、これは勅命であるし、コーデリアも身を引いて毒見役と交代する所存だ。でで、では、そのつもりで」

 まるでラブレターを渡した直後の少年のように、真っ赤な顔をして立ち去る王太子。それを見てランは、

「ダサ」

 と言った。これもまた異国の言葉だろうーーエリナはそう思った。