料理長が、ワゴンを押す料理人を従えてやって来た。
 レオ第二王子の姿を認めると、腰を折って深くお辞儀をする。

「殿下、どうぞお部屋でお待ち下さい。今すぐ朝食を運ばせますので」
「いや」

 衛兵隊長コールマンをちらりと見やって、第二王子は首を振った。

「まだ三十分早い。いつもと同じ時間にしてくれ」
「かしこまりました」

 料理長は頭を下げて、食堂の中へ消えた。
 その数分後、ジェイコブ王太子が戻ってきた。
 元婚約者の、コーデリアを連れて。

(コーデリアさん!)

 第二王子は、自らのパワーを送るつもりで、コーデリアを見た。
 コーデリアは、ほんの一瞬だけ第二王子と目を合わせると、かすかに顎を引いて頷いた。
 王太子とコーデリアも、食堂の中へ。

 さらに数分後。
 ランとエリナとニコラス宰相が現れた。

「どうした?」

 第二王子が訊く。ランに関しては、万が一計画が不首尾に終わった場合に、転生者の力を行使して王らを制圧するために、食堂近くに待機することになっていた。
 が、エリナと宰相は、怪しまれないために、普段と同じ行動をする予定だったのだが……

「殿下」

 ニコラス宰相が、やや血の気の失った顔で、レオ第二王子を手招きする。
 心臓の鼓動の音を聞きながら、宰相に歩み寄る第二王子。
 衛兵に聞かれない位置まで移動して、宰相が耳打ちする。

「どうやら昨夜、仙女の老婆が騒ぎすぎたようです」
「仙女が?」

 第二王子が眉をひそめる。

「騒いだとは、何を?」
「この世が変わると。すると農村が、夜明け前からお祭りムードになってしまい、農村に潜んでいたスパイが、まもなくクーデターがありそうだと王に報告しに向かっているようなのです」

 愕然とする第二王子。まったく予期しなかった方向からの危機だ。

「スパイの動きに気づいたのは、その地方の領主です。彼は我々の仲間です。そこでその情報を、早馬を飛ばして私に伝えてくれたのです」
「スパイを阻止するには、どうしたらいい?」

 第二王子の問いに、宰相は、

「それをランに相談しに行くと、エリナと一緒にいて、二人の一致した意見として、天使にお願いするというのです」
「……天使?」

 こうなってくると、第二王子には何が何だかわからない。

「天に祈るしか、方法がないと?」
「あのー、それが、本当に天使が降りてきまして」

 第二王子は口をつぐんだ。思考が追いつかなかったのである。

「詳しいことはあとで説明します。えー、その天使は、今度こそ本当に最後の最後ですよと言って、飛んでいきました。スパイを羽で撫でて、記憶をなくさせるとのことです。しかし」
「まだ何かあるのか?」
「はい。天使が飛んでいくところを、動物たちが目撃したようで、厩舎の馬や牛が興奮して暴れているそうなのです」

 第二王子は腕組みをした。しばらくそうして黙っていたが、やがて食堂のほうへ戻っていき、

「コールマン」

 衛兵隊長に声をかけた。

「今、宰相から報告を受けたのだが、厩舎で馬や牛が暴れているそうだ。何があったか調べに行ってくれ」

 やっかいな猛者(もさ)の衛兵隊長を追い払うつもりで言った。しかしコールマンは、

「では彼らを行かせます」

 と、二人の衛兵に命令を出し、自分はその場に残ってしまった。

(チッ!)

 心の中で第二王子は舌打ちした。
 ちょうどその頃、扉の向こうではーー

(フグ毒ちゃん、フグ毒ちゃん、どうしてあなたはフグ毒なの? 青酸カリの一千倍強い、とっても素敵なフグ毒ちゃん)

 心の中で、ポーラ王妃が鼻唄を歌っていた。

「ねえ、あなた」

 グレイス二世の立派な肩にもたれかかって、王妃が耳元で囁く。

「この次は、ニコラス宰相を毒殺してちょうだい。私、ニコラスの目つきがとっても嫌いなの」
「……わかった」

 妻に囁き返して、シェナ王国の国王は、長男の元婚約者に優しげな微笑みを向けた。

「コーデリアよ。お前は本当に、幸運な娘だ」

 食卓の、ちょうど王の真正面に座ったコーデリアが、無言で頭を下げた。

「この世で最高の食事を、余よりも先に食べることができる。湯気の立つ、出来立てほやほやの温かな料理をな」

 コーデリアは、再び頭を下げながら思ったーーこの恩着せがましいデブのクソジジイめ!

「本当に、どれほど幸運かわかってるかな? お前の正面にいるのは、もっとも偉大な指導者、全時代、全民族を通じて最高の統領である余と、その良き妻と、その血を引く長子なのだ。その余らのために調えられた食事を、いちばん良い状態で味わうことができるーーその幸運を、決して忘れてほしくないと余は心より願う」
「まことにそうですわ」

 王の言葉に、王妃も重ねた。

「これほどの幸運、幸福は、全時代、全民族を見渡しても見当たらないほどです。しかも陛下ほど、人民の幸福を願い、また人民に愛され、それでいて少しも自慢しない、謙虚で自分を顧みない献身的な王はいないのです。陛下が謙遜しておっしゃらないので、あえて私の口から付け加えさせてもらいました」

 食堂の隅に控えた料理人たちが、王妃の言葉にうんうんと頷く。
 すると料理長がハッとしたように、慌ててうんうんと頭を上下させた。
 王が振り向いて料理長の顔を見た。

(ヤバい!)

 料理長は一瞬ヒヤッとしたが、顔を見るのはいつもの合図だったと思い出し、落ち着いて前に進み出て言った。

「えー、それでは本日の朝食の、コース料理のご説明をさせていただきます」