演出は大切だ。
 老婆は常々そう考えていた。
 歴史に残る話には、必ずそれがある。

 カボチャの馬車という演出によって、「灰の姫」の話は印象的になった。当時の仙女は、それを実によくわかっていたのである。

「眠り姫」もそう。姫が百年眠ったから語り継がれるのである。あのとき仙女が睡眠薬の量を調節し、ほんの一年で目が覚めるようにしたら、現在あの話を知る者は誰もいなかったであろう。

「第二王子が国を変えるカギとなる転生者捜しには、ぜひとも演出が必要じゃ。それでこそ、人々は語り継ぐようになる。わしはこれを伝説にしたい」

 かくして仙女の老婆は、約束した日に田んぼ道でレオ第二王子と再会すると、

「どうしても見つからぬ」

 とっくに居場所を突き止めていながら、そう言った。

「転生者のあなたでも無理ですか?」

 第二王子は歯ぎしりした。
 というのも、つい先日グレイス二世がニコラス宰相に、

「そろそろ毒見役を交代するから、候補者選びをしておけ」

 と命令したからである。
 第二王子は知らなかったが、コーデリア・ブラウンからの手紙を読んだジェイコブ王太子が、婚約者と毒見役の交換を思いつき、グレイス二世にそれを持ちかけたのが、つい一週間ほど前だったのである。

(まさか、こんなに早く交代の時期が来るとは。候補者選びは、数か月で終えねばならない。そのあいだに、チートアイテムを持つ転生者を見つけられなければ、このクーデター計画の成功は怪しくなってしまう……)

 第二王子は焦った。

「毒見の一族を、片っ端から当たってみてはどうですか?」

 老婆は首を振った。

「彼らは徹底した秘密主義じゃ。解毒の術の奥義を知られぬためにの。だからこそ、わしも難儀しておる」
「僕の……第二王子の名前を出したらどうでしょう?」
「どうかな。毒見の一族は雇われた主人のために死ぬ。王家で彼らを雇うのは王であって、王子ではない。主人になることのないあなたに、果たして隠し事を教えてくれるかどうか」

 第二王子の歯ぎしりがひどくなり、奥歯がメリメリと音を立てた。
 このとき仙女の目が、キラッと光った。

「おお、あれを見よ!」

 老婆の震える細い指が、田んぼを指差す。

「田んぼが何か?」
「水田ではない。かかしじゃ!」

 畦道に、ボロ布を纏ったかかしが立っている。

「……かかし?」
「そうじゃ。あれの顔を見よ。あれは南向きに立っているのに、顔だけが東を向いておる。これは転生者が東にいるというお告げじゃ! 行くぞ!」

 第二王子は不審げな顔つきをしたが、走り出した老婆のあとを黙って追いかけた。

「見よ!」

 次に老婆が指差したのは、一時間ほど走ったのちに突き当たった、流れの緩やかな小川だった。

「あの水面が見えるか? 謎の文字が浮かんでおる!」

 第二王子が目を凝らしたが、もちろん文字など見えるはずもない。老婆の演出だから。

「わしには見える。テ……ロ……グ……わかった! テ、とはテモン草原、ロ、とはロバ、グ、とはグノースの泉。つまり、テモン草原でロバを見つけ、それに乗ってグノースの泉に向かえということじゃ!」

 二人はセイユ地方のテモン草原に行った。すると本当にロバがいたので、レオ第二王子もだんだん興奮してきた。
 そしてーー

「ほれ、グノースの泉に、水を汲みに来ている女がおる。あれが転生者でなくて何であろう!」

 その黒髪の少女は、輝くばかりに美しかったが、水をいっぱいに入れた大甕(おおがめ)を両肩に一つずつ載せ、目にも止まらぬスピードで村のほうへ駆けていった。

「本当だ……あれは尋常の人間ではない」

 ほどなくして、少女は空にした大甕を指先でくるくる回しながら戻ってきた。
 第二王子は飛び出して、我を忘れて叫んだ。

「助けて下さい! あなたの力が必要です!」

 少女ーー転生者のランは、仙女の老婆からだいたいの話は聞いていたが、何だか天使に騙されたような気分がしていた。

(確かに私は、これで王宮に入れる。だけど、クーデター計画に協力したらどうなるんだろう? 私は美食を食べながら、毎日ゴロゴロするつもりだったのに、内乱なんかに巻き込まれたらおちおち寝ていられないかも)

 が、王宮入りまでは運命で決められており、それに逆らう方法はなかった。ランは素直に頷いた。

「私でお役に立てれば」

 転生者を「発見」した第二王子は小躍りして喜び、さっそく毒見の一族の住む村へ赴くと、

「毒見役の候補者は、こちらの少女に決めました」

 長老に告げた。長老は大いに満足した。

(良かった。転生者が味方になれば百人力、いや、一万人力だ。文官や地方領主のほとんども、このクーデターを支持してくれている。あとは薬の力で父と兄を「眠り病」にし、百年間眠っていてくれるだけ……)

 これで国民を救えるぞ、と思うと、レオ第二王子の武者震いは止まらなかった。