どの国にも民間伝承はある。
 シェナ王国にもそれは無数にあるが、もっともよく国民に知られているのが、仙女の話だった。

 いわく、仙女の呪いによって、王女が百年間眠らされた。
 いわく、仙女によって醜い王子が美しくされ、愚かな王女が賢くされた。
 いわく、仙女にガラスの靴を授けられた哀れな娘が、王子と結婚した。等々。

「それらはどれも、本当は、転生者がしたことなのじゃ」

 田舎の畦道で、腰の曲がった老婆が、レオ第二王子に語った。

「転生とは何ですか?」

 言葉の意味がわからない第二王子が尋ねると、

「ある世界で死んだ者が、別の世界で生き返ることじゃ。その際に、職業を選べるのじゃが、わしはかれこれ六十年ほど前に死んだときに、仙女にしてもらっての。ちなみに仙女というのは、転生者が選べる職業の一つで、元々こちらの世界には存在しなかったのじゃ」

 無言で立ち尽くす第二王子。わからないことが多すぎて、何から訊いていいか思いつかないのである。

「完全に理解するのは難しいじゃろうが、わしという証拠を見て、この世にはそういうことがあるのだと納得されよ」
「では訊くが」

 第二王子は言った。

「『灰の姫』というおとぎ話がある。あれに出てくる仙女も転生者なのか?」
「そうじゃ」

 老婆が頷く。

「わしがこっちに転生するずっと前の話じゃから、憶測で答えるが、カボチャを馬車にしたと伝えられておろう? あれなどは、転生前の世界の知識と技術を使って、カボチャ形の馬車を作ったのじゃな。こっちの世界にはない技術だったから、魔法だと思われたのじゃ」

 第二王子は、まだ理解できない様子で首を捻っている。

「別の話で、王子を美しくしたり、王女を賢くしたりしたのがあるが?」
「それは簡単。転生するときに与えられる転生特典に、転生前の世界の道具を使えるというものがある。それがこっちの世界にとっては、驚異的な威力を発揮するから、いわゆるチートアイテムになるのじゃ。この場合は、転生前の世界の化粧品を使って王子を劇的に美しくしたり、転生前の世界の数学本か何かを与えて、王女を天才のように見せたのじゃろう」

 第二王子はもはや、理解を諦めた顔をした。

「あなたの話は難しい。いちおうもう一つだけ訊くが、王女を百年間眠らせたというのは?」
「これについてはわかっておる。転生前の世界の【睡眠薬】を服(の)ませたのじゃ。あっちの世界の薬は、こっちの世界の人間には強力に効く。わしの転生者仲間に、錬金術師を選択したカークという男がおるが、カークはそのことを実験で証明したそうじゃ。ついでに言うと、錬金術師も正体はほとんど転生者じゃよ」

 第二王子は俯いて考え込んだ。老婆の話を信じるなら、転生者というのはとんでもない力を持っている。人を天才にしたり、百年間眠らせたり……

 ハッと顔を上げる第二王子。突然、それこそとんでもないことを閃いたのだ。

(父と兄の暗殺は無理でも、百年間眠っていてもらうのはどうだ?)

 常に頭から離れなかった絵空事のクーデター計画ーーそれが不意に、現実味を帯びたのだ。

(もし父たちを殺したら、国は無法状態に陥る。が、単に「眠り病」になっただけなら、自分が代理の王を務めることによって混乱を避けられる。そうして、徐々に政治を良くしていけば、この国の民を救えるかもしれない)

 彼はこの考えに夢中になった。もしこれが可能なら、暗殺をしなくても済む。彼にとって、たとえ極悪の父と兄であっても、殺したり傷つけたりするのは何よりも忌避する事柄であった。

「念のために聞きます。薬を服んだ人は本当に百年間眠るだけで、死ぬことはないのですね?」
「わしにそれを教えたカークは、百パーセント信頼できる男じゃ」
「しかし、百年間飲まず食わずで死なないというのは、にわかには信じがたいですが」
「そのメカニズムもわかっておる。あっちの世界の【睡眠薬】をこっちの世界の人間が服むと、ちょうど白魔法の【スリープ】をかけられたときのように、生命は維持したまま細胞の活動が超スローになるのじゃ。白魔法は知っておろう?」

 首を傾げる第二王子。

「冒険者が、モンスター退治に使う技ですか? 幸いシェナ王国にはモンスターがいませんので、そのようなものを目にする機会はありませんが」
「わしは仙女としていろいろな国へ行ったから、モンスター退治に加わったこともある。それはともかく、細胞の活動が超低速になると、呼吸だけで生命を維持する【ブレサリー】という状態になるのじゃ。実際、ヨガの達人の中には、過酷な訓練によって【ブレサリー】の術を身につけて、七十年間も呼吸だけで生きた人間がいるそうだて」
「では百年後に再び目覚めたときには、ピンピンしているのですか?」
「そうじゃ。きっと本人にとっては、普通に一晩寝たくらいの感覚じゃろう」

 それも困るな、とレオ第二王子は考えた。

(百年後に眠りから覚めた父は、自分こそ王だと主張するだろう。そしてそのときの政治形態がどうであれ、強引に独裁国家を復活させようとするに違いない)

 そのための対策は考えておく必要がある。が、それは百年先のことだ。今やるべきことは、【睡眠薬】の入手だが……

「その薬を、譲っていただくことはできますか? 必ず良いことに使うと約束しますので」
「国を変えるのじゃな? 喜んで協力する」

 老婆は微笑んだ。しかし、

「わしは持っておらん。転生特典にそれはなかったからの。今から薬を持つ転生者を捜しに行こう。毒見の一族に紛れている、大変美しい少女がそうだと聞いたことがあるのじゃ」