レオ第二王子。
突然変異である。
シェナ王国の王家の血筋に、彼のような人物が現れたことはない。
彼は、権力に興味がなかった。
彼は、不正を憎んだ。
彼は、平民や奴隷に同情した。
それらは、父や母や兄の中をくまなく探しても、ひとかけらも見当たらぬ性質ばかりであった。
父親のグレイス二世は、レオ第二王子にまったく期待をかけていなかった。長男のジェイコブは、幼い頃から小動物を殺すなど、非情で男性的なエネルギーを発散させていたが、次男のレオは七歳のときに、巣から落ちたツバメのヒナを部屋でこっそり育てていたことがあり、なんて女みたいなやつだと父親をひどくがっかりさせた。
以来、両親も兄も、レオを軽んじた。どうせロクな男にはなるまい。将来のためにと、帝王学を叩き込むのもバカらしいくらいだ。
レオ本人も、そう思われていたほうが気楽だった。現時点では王位継承の第二位であるが、兄が結婚して男子が生まれればそちらが二位になる。早くそうなって、王位継承の可能性が限りなく低くなることを願った。そうしてさっさと、放浪の旅にでも出たかった。
放浪の旅は無理だったが、彼は学校をよくサボって遠出をした。気ままな第二王子のそうした行為を、誰も告げ口する者はなかった。誰もが王家の面倒に巻き込まれることを敬遠したからだ。
遠出の先は決まって田舎だった。彼はごちゃごちゃした町には興味がなく、森や野原や田んぼの風景を好んだ。
あるとき、田んぼを眺めて歩いていると、奇妙なことに気づいた。
太い道の両側の水田だけ、稲が密集して伸びていて、そこから離れた水田にはほとんど稲がなかったのだ。
「どうして田んぼによって、こんなに差があるんだろう?」
彼は近くにいた農民に声をかけて尋ねた。農民は、第二王子の顔を知らなかった。物好きな貴族のお坊ちゃんだと思い、ごく気軽に答えた。
「へい、領主様の命令で、稲をあっちからこっちに移したんで」
「なぜそんなことを?」
「視察のために、王様がこの道を通るとかで、ここだけ稲をびっしり植えたんでさあ」
なるほどーーレオ第二王子は思ったーーこの地方の領主は、自分の土地の収穫が良いように見せかけるために、わざわざこんな手のかかる小細工をしたのか。
「ここだけの話、王様は収穫が少ないと、農民をサボらせるなって領主様を怒鳴りつけなさるもんで。領主様は王様の機嫌をとるために、豊作のフリをなさるが、そうすりゃ国にたんと米を貢がねばならねえ。でも実際にゃあ米はねえんだから、俺たちゃ飢えて死ぬのを待つばかり。あんまり辛くて辛くて、自分から死ぬのもいるだよ」
地方と国への二重の税に追い詰められて自棄(やけ)になっていた農民は、行きずりの「貴族のお坊ちゃん」に、この国で絶対的なタブーとされている国王批判を含んだ愚痴をこぼした。
レオ第二王子は衝撃を受けた。
収穫が少ないと農民をサボらせるなと怒鳴る? 自分は働きもしないで、贅沢三昧の暮らしをしているのに?
父親のグレイス二世に、吐き気を催すほどの怒りを覚えた。
(父の恐怖政治が、地方領主を不正直にさせ、農民を地獄に突き落としている。それがこの国の現実だ。奴隷とはいえ、農民も同じ人間ではないか。一部の人間の贅沢のために、同じ人間が餓死したり自殺したりしていいわけがない。シェナ王国は変わらねばならない!)
強くそう思ったが、この独裁国家を変えるには、国王、すなわち自分の父親に死んでもらうしかないことは明らかだった。
(それは不可能だ。もし仮に、父の暗殺に成功したとしても、兄が王となって権力を引き継ぎ、同じような恐怖政治を続けるだろう。では兄も暗殺するか? そのようなテロを、果たして誰が支持するだろう。結局国はめちゃくちゃになり、今以上の地獄を招いてしまうのではないか?)
そもそも、いかに正義感に突き動かされたとしても、心優しい第二王子にテロだの暗殺だのができるはずがなかった。だからこれは、あくまでも想像上の話、絵空事のクーデターでしかなかった。
が、この日以降、彼の胸にはずっとその思いが残った。
学校を卒業し、嫌な軍務に就かされるなど公務の時間が増えても、彼は暇があれば田舎に足を運び、気になる農民の様子を観察した。
数年前と同じく、太い道の両側だけはいつでも「豊作」だった。
そんなある日、痛ましい思いを胸に田んぼを眺めていると、後ろから声をかけられた。
「第二王子どのじゃな」
振り向くと、腰の曲がった老婆が立っていた。
レオ第二王子は軽く頭を下げた。
「農家の方ですか?」
老婆はその質問に答えず、
「農民と思ったのなら、どうして頭を下げたのじゃ?」
逆に質問した。
第二王子は答えた。
「歳上の方に頭を下げるのは、当然のことです」
老婆の細い目が、鋭い視線を放つ。
「奴隷に頭を下げるのが当然とは驚いた。あなたはこの国を変える人じゃ。力を貸そうか?」
レオ第二王子は非常な驚きをもって老婆を見た。
「あなたは……誰ですか?」
老婆は答える。
「仙女(せんにょ)じゃよ」
第二王子は眉をひそめる。
「仙女ですか。残念ですが、おとぎ話を信じる年齢は過ぎました」
老婆はニヤリと笑う。それはいかにも、いたずらっぽい笑いだった。
「笑ってすまん。そう、確かに仙女は、おとぎ話の存在じゃ。でもそれは、わしらの正体を知らない昔の人間が、仙女と思い込んで語り伝えたのじゃ。それではわしの正体を明かそう。わしは」
老婆は一呼吸おいて言った。
「転生者じゃ」