僕と彼の怪異七物語 二の物語~妖界は波乱万丈~

そうだ、ついでにいうと今は護衛の仕事を請け負っているから妨害するならアンタを敵とみなす」

「笑止、消滅させる力をもたないお前達にできることなどない」
「新城、一応、相手の理由を聞いた方がいいんじゃ?」
「こんなところにいやってきている時点で理由はわかりきっている。狙いはミズチの討伐ってところか?」
「その通り、人の世界を脅かす怪異はすべて消滅させる」

口の端を笑みで歪めながら目の前の退魔師は両手を広げる。
袖口から黒いモヤが噴き出し、僕達に迫る。

「動くな」

十手を構える僕に新城が短く告げながら札を数枚、ばらまく。
札がモヤに当たり一時的に動きを止める。
しかし、ジュッという音と共に札が燃えて消え去った。

「てめぇだな?この町の霊脈に呪詛なんて仕込んだ大馬鹿野郎は」
「呪詛?違う、あれは我が家が退魔師としての本懐を遂げる為に必要な力。理解できないというのか?これだから祓い屋は」
「呪詛がどれだけ危険なものなのか理解していないのか?しかも、神クラスの妖怪相手に喧嘩を吹っ掛けるなんて、?これだから退魔師は」

舌戦がはじまるも相手の目がぎょろぎょろと動いている。
あ、相手の沸点低いかも。

「殺す!」
「やってみろよ!」

再び黒いモヤを操って攻めてくる退魔師。

「コイツに触れるな。俺が合図したら攻め込め」

身構えようとした僕の耳元で新城が告げると前に出る。
制服のボタンを外して、数枚の札を取り出す。
札が輝くと僅かばかりモヤの進行が遅れる。
止め切れていない。

「所詮、陰陽師崩れ!お前らみたいなものに我らの本懐を止められるわけがない!」

袖から飛び出しているモヤがさらに増える。
札をさらに追加して目の前のモヤの進行を新城が抑える。

「あぁ、まったくなんて面倒は呪詛を使っているんだ。お前、自分の体がどうなっているかわかっているのか?」
「時間稼ぎか?まぁいい、我の体?そんなものはどうでもいい……我らの悲願を達成させられるならこの命などどうとでもなる!」
「くっだらない」
「……何だと?」
「悲願とやらの為に体を犠牲にすることがアホらしいって言ったんだよ。どうやら耳もバカになっているらしい」
「貴様、自分が不利だという事を理解しているのか?」
「別にぃ、逆転すればいいだけだ」
「逆転?逆転といったか!?ただ我が秘術を抑え込むのが精いっぱいな分際で何を言う!?もういい!あまり人は殺さないつもりだったが邪魔をする奴は消え去るがいい!」

モヤがさらに増加して新城を包み込む。

「凍真が!雲川!助けないと!」

瀬戸さんが叫ぶ。
けれど、僕は動けない。
新城が指示を出すまで待つ。

「我が秘術の前に――」
「その言葉、聞き飽きた」

モヤに包まれていた新城が言葉を紡いだ途端、モヤが四散する。

「なっ!」
「え、なに?なに!?」

驚いている僕と何が起こっているのかわからない様子の瀬戸さん。
モヤが消えて呆然としている退魔師。
僕は新城の手に持っている鈴に気付く。

「貴様、どういうことだ!?なぜ、私の術が効かない!?」
「おいおい、これは術者同士の戦いだろ?あっさりと手の内を教えるバカがどこにいるんだ?」

呆れた様子の新城は指を鳴らす。
退魔師の足元に札が四つ。

「しまっ」

逃げようとした退魔師の足元で札が爆発する。

「自分の技に絶対的自信を持っていたから足元の爆発札に気付かないって、三流よりも下過ぎるだろ」

合図があったので僕は倒れている退魔師へ駆け寄る。
仕込んでいた爆発札によって

「気絶しているよ」
「じゃあ、縛りあげて長谷川の奴に……!」

新城が後ろを見る。
ミズチ様と一条さんが居た場所、そこに一人の女が立っていた。
陰陽師が着るような黒い衣を纏い、彼女の腕の中に気絶しているミズチ様が。
「私の配下を倒すとは、お前が噂の新城凍真だな?」
「駒のように扱い、気配すら感じさせないアンタが本物の退魔師とやらってことか?」

退魔師が微笑む。
今の笑みが答えということだろう。

「おっと、動くなよ?」

退魔師の指がミズチ様の額へ触れる。

「名高い祓い屋の新城凍真なら理解できるよな?実力ある術者なら指先一つだけで呪う事が可能ってことくらい」
「それで?人質なんて最低な事をしながらアンタは何をするつもりだ?」
「決まっている。悲願を果たす……なーんつってな」
「その態度なら違うみたいだな」

新城は冷静に相手から情報を聞き出そうとしている。
これ以上、人質をとられないように僕は瀬戸さんを守れる位置に立つ。
出来るなら一条君を助けたいけれど。

「どうせだから教えてやろう。私は戦争がしたいんだよ」
「戦争だぁ?」
「そう戦争だよ。今の世は温い、怪異を祓うしか手段がない者達、妖怪は妖界にいて花嫁花婿を探すときくらいしかやってこない。こんな事ってあるか?失われた時代、長い歴史の中で人と妖怪は争ってきた。そんな血沸き肉踊る時代に生まれたいとずっと思っていた!だから、起こそうと思うんだよ。戦争を!」

片手を広げて楽しそうに語る姿。
目は狂気に染まりながらもギラギラしている不気味さがある。

「狂っている」

僕の呟きが聞こえたのだろう、ぐるりとこちらをみる。
ぎょろぎょろと目が怪しく輝いた。

「おや、狂っているといったかい?それは時代が平和だからだ。世が世なら私は英雄だろうよ」
「チッ!」

僕の前に立った新城が地面に手を叩きつける。
いつの間にか周囲に現れたモヤが瀬戸さんを含めた僕達を閉じ込めようとした。
新城が結界を貼っていなければモヤに僕はおろか瀬戸さんも餌食になっていただろう。

「逃げやがったな」

モヤが消えると退魔師とミズチ様の姿はどこにもない。

「ミズチがいない!アイツに連れていかれたんだ!探さないと!」
「どうやって探すつもりだ?」

駆け出そうとした瀬戸さんを新城が止める。

「探す宛があるのか?」
「そんなの、ないけど、でも、急がないとあの女、ミズチに何するかわかったもんじゃない」

退魔師の狂気を目撃したからか、瀬戸さんの目は恐怖と不安に揺れている。

「探さないといけない事はわかっているが、それよりも前に面倒な連中がきた」

背後に感じる気配。

「動くな」

振り返ろうとした所で冷たいものが突きつけられる。
これは刃だ。
新城と瀬戸さんの背後にも何者かが立っていて刃が突きつけられていた。
忍みたいな装束姿だけど、額から角?らしきものがみえる。

「な、なに!?」

刃を突き付けられて怯える瀬戸さん。

「一足遅かったな、アンタらが来る前に敵さんは去ったぞ」

新城は冷静だった。

「主が詳細を求めている。来て頂こう」

「はいはい、行きますよ。妖界へ」

「こいつらは妖界の番人だ」

忍装束姿の人達に連行されている中、新城が説明してくれる。

「妖界って、前に僕達が行ったあの世界?」
「そうだ」
「でも、僕達があの世界へ行った時はこの人達は」
「こいつらの目的は妖界へ入った者達の監視じゃない。出て行った連中の監視だよ」
「出て行った?まさか、ミズチ様の?」
「あー、二人とも冷静に話をしているけれど、この状況でおかしいとかそういう感情を抱いているのって私だけなのかな?」

僕と新城が話をしていると瀬戸さんが尋ねてくる。

「俺は何度も来ている」
「僕は二度目だし」

妖界へ新城と一緒に来た事がある。
新城は怪異関係で何度か来た事があると言っていたし、

「平然としているアンタ達に聞いたのが間違いだった。公園からいつの間にか薄暗い通路を通っているし」

僕達は今、自然公園から妖界へ繋がる道を歩いている。
この道は特殊な方法でないと通れないもので、ミズチ様が誘拐された件について妖界にいる偉い人へ説明しないといけない。

「そもそも、どうして、瀬戸さんが」
「あの場にいた奴全員連行されているぞ、ほら」

指さす方をみるとスケッチブックを両手で握りしめてぶるぶる震えている彼方君がいる。

「あ、貴方達は何なんですか、それに、ここは一体」
「さっきも説明したが右から左へ聞き流しているらしい。俺は説明を放棄する」
「えっと、瀬戸さんよろしく」
「アタシに丸投げ!?」

そんな他愛のないことを話していると通路を抜けて妖界の入口にたどり着いた。

「え、関所?」

時代劇でみたような門が僕達の前に現れる。

「入れ」

忍装束の人?に急かされて門を潜り抜けた。

「うわぁ」

門を抜けた先に広がる建築物。
江戸時代を想像させるような造、空に太陽はなく月が一つ浮いている。

「映〇村みたい」

僕もそんな印象を抱いたと思う。
「こっちだ。頭が待っている」

先導されて僕達はある屋敷に入る。

「頭、連れてきました」

屋敷の中に入ると上座に一人の妖怪が腰かけていた。
青い肌に額から延びる一本の角。
肌は沢山の傷跡が残っている。

「ご苦労、下がっていいぞ」

見ただけでわかる。
この妖怪、相当の修羅場を潜り抜けているし、強い。

「久しぶりだな。新城の坊主」
「あぁ、こんな形で会うとは思わなかったよ。青山の大将」

ニヤリと笑う青い鬼。
どうやら新城と面識があるらしい。

「俺と新城の坊主は昔、殴りあった仲でな。コイツの腕の凄さは理解している。そして、信頼もある」
「妖怪相手に信頼もへったくれもないが、コイツは妖界を守ることに関しては誰よりも強く信頼できる」

互いを理解していると言えばいいのか。
最悪な事態だというのに二人はニヤニヤと笑っている。

「初対面だったな。俺は青鬼達を束ねる頭領。ある人間から青山って名前を貰い、今はその名前で通している」

青山へそれぞれ挨拶をする。

「アタシ、瀬戸ユウリ、です」
「い、い、一条彼方です。あの、妖怪って本当に?」
「おう、この角がわからないか?」

角を触りながら話す青山さん。
彼方君はまだ目の前の事態に理解が追い付いていない様子。
混乱しているままだからかな?

「僕は雲川丈二です」

最後に僕が名乗ると目を見開く。
ちらりと青山さんが新城を見る。

「俺の右手だ」
「そうかい、納得だ……さて」

バチンと手を叩く。

「形式として尋問をしなければならないんでな。教えてくれ、何があった?」
「退魔師がミズチを拉致した」

「おう、最悪な事態だな。ミズチ様は数年前も一度、退魔師に襲撃を受けている。今は俺のところで情報を抑えているがあまり長くは抑えられないぞ」
「抑えてくれるだけでも助かる。神クラスの妖怪が人間界に攻め込んでくるなんてなったら終わりだからな」
「確かに連中の中に血気盛んな奴もいる。だが、戦争なんてやるだけ無駄だ」

どかりと畳の上へ腰を下ろしながら話をする

「やるなら一対一の真剣勝負よ。あれほど、血沸き肉躍る戦いはない」
「鬼っていう奴はどいつも好戦的だな。本当」

呆れている新城に激しく同意。

「さて、こういう事態であれば、俺達妖怪も放置なんてことはできねぇ。だが大っぴらに動けば過激派妖怪が騒ぎ出すことになる」
「だから?」
「俺の娘をお前達と同行させろ」
「娘?娘がいたのか」
「まぁな、人間の年齢で言うとお前らより少し上くらいか?とーっても強いぞ」

新城は肩を竦める。

「早急性を求める事態だし、戦力は多い方がいい」
「じゃあ、早速、顔合わせだ」

パンと青山が手を叩いた途端。
背後から感じる殺意。
咄嗟に置かれている箒を手に取って振り返る。

「ヤ、バ」

目の前に迫る刃。
これは防げない。
刃が持っている箒を切り裂いて額へまっすぐに向ってくる。

「いきなりな挨拶だな」

札を持った新城が間に入る。
迫る刃がみえない壁に阻まれて僕の眼前で止まった。

「ありがとう、新城」
「気にするな」

バクバクする心臓を抑える為に小さく深呼吸。

「これはどういうことだ?青鬼の顔合わせっていうのは相手を斬殺することか?」

低い声で新城が青山に問いかける。

「いや、すまん。千佐那!お前は何をやっているんだ!?」

青山が千佐那と呼んだ青鬼の女性は新城が展開した壁を壊そうと躍起になっていて話を聞いていない。

「すまん、少し時間をくれ、休むための部屋も用意する」
「それなら仕方ない。いきなりの事で俺達もクタクタだ。一休みしよう」
「あの、僕は家に帰りたい……」

おずおずと挙手しながら帰りたいという彼方君。

「世界の危機なんだよ。少年」
「そういうことだよ」

彼方君の左右を瀬戸さんと新城が捕まえる。

「俺はこの臆病者を説得する。お前は少し休んでおくように」
「わかった」

短い戦闘だけど、疲労が溜まっている事を見抜いていた。
僕は頷いて用意された部屋に一人で向かう。
この選択がとんでもない事態を招くことを知っていたら一人にしなかっただろう。









千佐那(ちさな)、いくらお前が戦闘狂とはいえ、相手は選べ……」

新城凍真達が移動した後、青鬼達を束ねる頭領、青山が娘を見下ろす。
腰まで届く長い髪の手入れはせず、父譲りの青い瞳は何を考えているのか読めない。

「いいか、いくらこの世界を守る一族であろうと無用な殺生は許されるものじゃない。もし、殺めていたら俺はお前を罰しなければならない」
「父上、あの人間は誰だ?」
「お前、人の話は聞いているか?」
「私の一撃に反応していた。あの小さな人間も気になるが、一番はあの細い奴だ。私はアイツが気になる。あの人間は誰だ?」

こちらの話を聞かずに詰め寄ってくる娘の額を指で突く。
もし、普通の人間だったら頭が吹き飛ぶほどの一撃だが、鬼である千佐那は平然としている。

「何をするんだ?父上。私の質問に答えてくれ」
「一体、どこで育て方を間違えたのか……いいか、あの人間、特に祓い屋の方は手を出すな!」
「私の一撃を防いだ小さい奴は祓い屋……つまり、あの細い奴は」
「あ」

しまった、と青山が思ったが時既に遅し。
表情は変わっていないが目は先ほどと違ってキラキラしている。

「(凍真の方へ興味を持たなかったことを喜ぶべきか?はぁ、それにしても赤鬼の連中みたいな闘争本能、何をどうやれば、こうなっちまったのか、子育てっていうのは本当に難しいぜ)」

額に手を当てながらため息を零す。

「いいか、戦闘狂のお前に効果はないかもしれんが、あの人間に手を出すな……もし、手に掛けたら親子の縁を切り、お前を処刑する」

――わかったな?

最終通告を受けた千佐那は頷いた。

「わかった。殺しはしない」
「よろしい」
「だが、気になる。名前だけでも教えてくれ」
「ダメだ。さっきの事は忘れろ」

ピシャリと言われて唇を尖らせながら千佐那は部屋を後にする。

「しゃーない、念には念を入れておくか」

娘が出て行った後、青山は深いため息を零す。















「ねぇ、こんなことして本当に大丈夫?」

青山と別れた後、新城凍真と瀬戸ユウリの二人は怯えている一条彼方の説得を試みていた。
しかし、怯えて逃げようとするばかりの一条。
話にならないと我慢の限界を向けた新城は札を一枚、用意するとそのまま彼方の額へペタリと貼る。

「凍真が貼った札って、その知識を流し込むとかいう奴なんでしょ?小説や漫画でそういうことすると大体、頭がおかしくなるって聞いたけど」
「それは詰め込む知識が脳の許容範囲を超えて注ぎ込んでしまっている事や様々な要因がある。今回、俺が注いでいる術式は奴の記憶の刺激と妖怪についての知識だ」
「本当に、それって大丈夫なの?」
「もうすぐ終わる、話しかけるな。記憶操作は集中力がいるんだよ」
「操作っていっているし」

半眼で新城を睨むことを辞めてユウリは周りを見る。

「それにしても、ここが本当に別世界なんて信じられないよ。ねぇ、証拠とかないの?」
「うるさい奴だな」

新城はユウリへ懐から取り出した腕時計を投げる。
落としそうになりながらもなんとかキャッチした。

「ちょっと、乱暴すぎ!何よ。腕時計?」
「今、何時?」
「何時って」
受け取った腕時計をみて、目を見開く。
腕時計の針が逆方向に動いていた。

「え、これ、悪戯か何か?」
「ここは時間の流れが違うって話はしたな?俺達が済む人間の世界と色々と異なる。例えば、外」

術式の展開を終えた新城は白目を剥いている彼方を布団に寝かせる。
そのまま傍の窓を開く。

「この世界に朝や昼という概念はない。あるのは夜の世界のみ……実感したか?ここが別世界だって」
「わ、わかった……ねぇ、今、目の前を変なものが飛んで行ったんだけど」
「気にするな。こっちじゃ、よくある」

びっくりしているユウリに新城はいつも通りに答えて、卓袱台の上に置かれている湯飲みを手に取った。

「ふぅ、一仕事した後の茶はおいしい」
「爺みたい」
「うっさい。さて、そこの一条彼方が目を覚ましたら行動に移すぞ。ミズチを取り戻すのに、コイツは必要だ」
「今回の件に、彼方君を巻き込むの?その、大丈夫なワケ?」
「さぁな、祓い屋が一般的に妖怪、神クラスの案件に関わることは少ない……使える手札は大いに越した事はない」

疑うような目でユウリは新城へ問いかける。

「彼方君を利用するってこと?」
「なるべくそうならないように努力はする。だが、最悪の事態になっていた場合、確約は出来ない。何せ、俺達の命に関わる話だ」
「退魔師とかいうあの女がやろうとしている事って、そんなにヤバイの?」

ユウリは怪異、退魔師、祓い屋の世界について詳しくない。
いまいち、退魔師の女がやろうとしていることについて把握できていなかった。
湯飲みを置いて新城はそのまま横になる。

「そうだな、だが、お前はここまでだ。ここで待っていろ」
「なんで!?アタシだってミズチの事が心配なんだよ!この世界で一人待っていろっていうの!?」

激昂するユウリだが、新城は表情を変えない。

「この世界にいる方がまだ安全だ。青鬼の連中は強い。その為にここへ連れてきた」
「アタシはこんなところで待っているなんて嫌だ。絶対についていく!」
「俺の忠告を無視するというならここから先は命の保証はしない。死にかけたところで俺は助けない」