秋に共通テストの出願をしていなかった私は、科目によって私立文系対策の授業に混ざることになった。それは文系志望の合同クラスで、顔や名前しか知らない人、あるいは全く聞いたことない人が隣に座っていることもあり、なんだか不思議だった。過去問のコピーが前の席から配られる。解ききれなかった分は各自やっておいてね、と先生から解答もすぐに渡される。最近はこんなコピーが溜まっていく一方だ。

昼休み、私の隣の席に弁当を広げにやってきたけいちゃんに「授業どうだった?イケメンいた?」と聞かれた。「どうだろー」と、私も弁当を開いて、適当に感想と思い出せる限りの人の名を返す。

「え、漆原くんいるならいいじゃん! いるじゃんイケメン」
「あぁ、そうかな……目立つ人だよね」
「いいなぁ顔面国宝じゃん。アイドル級だよね。東京の大学志望らしいよ。あのルックスで原宿とか歩いてたら即スカウトだわ。間違いない」
「うん、だねー…」
青春の思い出に、イケメンと同じ教室で過ごした、そんな経験に、きっとけいちゃんは憧れていたのだろう。
話題はすぐに違うものへと移っていった。
良かった。きっと、上手くうなずくことが私には出来なかった。


夜、塾の教室でもう始まる講義の予習をしていると、ガラッと後ろ扉が開き、その人は私の斜め後ろの席に腰を下ろした。チラッとその様子を眺めていると目が合って慌ててそらした。
顔面国宝、か。
彼──漆原くんの着席を待って、先生は講義を始める。
そう、実は塾には漆原くんも通っていた。小さな塾だ。受験生は他校生を入れても十人ちょっとしかいない。
私たちは同じ制服の唯一の同級生だった。
けいちゃんが騒ぐ通り、彼は女子から人気と注目を集めていた。もし学校で知られたらと思うとぞっとする。
今、向こうの視界に私がいるかもしれないことが、なんだか怖かった。

やがて、独特なシャーペンの筆記音が教室に響き始めた。彼は筆圧が強いらしい。意識するとその音が気になり、講義の先生の声が、耳に水が入ったみたいにぼやけてきた。
漆原くんは端正な顔立ちに注目が集まりがちだけど、実は負けじ劣らずと成績も良かった。
塾の廊下に貼りだしてある全国模試の成績にしょっちゅう名を連ねているのを私は知っている。
いわゆる住む世界が違う人、だった。
惨めになる。なんで、同じ高校生なのに、こうも違うんだろう、って。


講義終了直後。先生が漆原くんの席の横に立って話しかけている。
「漆原は今のまま頑張れ、柊木は…」
そして、
「三教科に絞って過去問をこれから重点的にやって追い込んでいかないとな」

その場で私にまで話を振ってくる。漆原くんとまで、目が合った。
「───っ」
「……」
パッと視線をそらす。
頼むから、比べないで。押し付けないで。