その夜、日付を超えてから帰宅した私に気付くと
テーブルの椅子をスクッと立ち上がって母がビンタしてきた。
どんだけ罵声を浴びただろうか。けど私はめげなかった。
声を張り上げるのに疲れた母は、無言で鍋ごと温めてほかほかの味噌汁と保温にしぱなしだったらしい炊飯器からご飯を取り出し盛りつけてくれた。
そのことに胸がきゅ、となった。

──家族を大事にするんだぞ。僕は、家族に生じた感謝の言葉を伝えることすら許されませんでした──
分かったよサナギ。
言葉は、口に出さなきゃ伝わらないんだ。
怖い。また罵声を浴びたらと思う、と。伝わらないかもしれない。電話に応じず受験料を払った入試をサボって、一日失踪した娘だ。私の言葉なんて耳を貸してくれないかもしれない。
背けた横顔が私に興味がないと主張している。
それでも、私は伝える。

「お母さん……待っててくれて、ありがとう」

母はちょっと驚いた顔をした。私はその視線から絶対に目を逸らさなかった。やがてテーブルに持ってきてくれた食事に口をつけた。それは、冷たい味なんかじゃなかった。