──笑って、クレナイ

叶わないよ。
世間がどんなにあなたをクズだと言っても、
私は、あなたが寒い夜一緒に歩いてくれて、温かいにゅうめんをくれて、
背伸びした口紅をくれた。
本当に一番寂しかったとき一緒にいてくれたのは、紛れもなくあなただった。
サナギだけが私を見つけ出して、かじかんだてのひらを温めてくれた。
私、その温度を絶対に忘れたくないよ。

「好きだよ、サナギ……っ、こどもでごめんね、かっさらえるほど大人じゃなくてごめんね……」

口紅の色を移したくちづけが、今でも唇に残っている。
周りに色々言われてもいい、誰も理解してくれなくてもいい。
唇だけがリアルだ。
私は、あなたが好きでした。


塾の斜め前にある古びた看板の麺専門店。
そのカウンター席で、高校三年生の私は第一志望の入試をサボって泣いた。




店長は次々やってくるお客さんを器用に対応しながらも、私の眼前の調理場にいて、心配してくれた。


「……いつか、きっといいにゅうめんを作ってやれる男になれるよ。婚約も解消して、新しい土地で誰にも言わず頑張るみたいなんだ……好きならば、本当に大切ならば、手放してやってくれ」
店長はあったかいお茶が入った湯呑を置いた。
「泣きながら麺をすすったことがある人は強くなれるよ」
そんな願いをこめてっからな、と笑った。