『泣きながら麺をすすったことがある人は強くなれるよ』

なんて、どこかの誰かが言ってたな。
唇が乾燥する季節は、その言葉を無性に思い出す。

大学生になり、化粧も流行のファッションも覚えた。
お酒はまだ飲める年齢じゃないけど、学部の飲み会なんかにも呼ばれるようになった。

浮かれた男女が、通用口の狭い階段を駆け上がっていく。色艶やかな灯りを放つ、駅前商店街にある居酒屋だ。後に続こうとした、そのとき。
はらり、と白くて冷たいものが空から舞い降りてきた。
今年の初雪だった。

「私、実は今の大学は第五志望で、一年前は受験で散々に散ってなかなか大変だったんだよね」
「わ、苦労人なんだね。良かったじゃんウチの大学も悪くないっしょ?」
「当たり前でしょ」
なんて笑いながら自虐して、お座席の隣の人とノンアルサワーを飲み交わす。
笑い飛ばしてくれるのが有りがたかった。今となってはいいキャッチフレーズになったと思えるようになった。
楽しい、とても楽しい。

でも、暦は十二月だ。ふとその事実を思い出すと、寂しくなることがある。

「ねぇ、まゆちゃん。そのポーチのなかの口紅」
「ん?これ?」
「去年よく雑誌に載ってた、デパコスブランドのすっごい高級な口紅じゃん。しまってるみたいだけど……使わないの?」

お手洗いの大きな鏡を前に、色落ちたリップを塗り直していたときだった。
鏡越しに、背後から尋ねられた。
学部で一番仲良くしてくれてる友達だ。

それは、一緒にお手洗いに持ち込んだポーチのチャックの隙間からはみ出していた。
──ネイビーの六角形パッケージの口紅。

「あぁ、これはお守りだから使わないの」
「どうして?」

口紅のパッケージを手に取り、手のひらの上で眺めた。
過ぎ去った一年の歳月の長さを思った。

「ちゃんと、あの人を忘れるまで。願掛け」

一年前、私は忘れられない恋をした。
これは、私、柊木まゆが大学受験に落ち、ある男に堕ちるまでの、
ひと冬の物語だ。