前回のあらすじ
言葉の神エスペラントの加護でこの世界の文字の読み書きを習得した二人。
お勉強の後は、体育の時間。





「んじゃま、今日はよろしくたのむよ」
「よろしくお願いします」

 見届け人兼、慣れない見習い二人の補助としてつけられたのが、少し先輩にあたるハキロという男だった。三十少し前と言ったところで、貫禄を見せようとしてかひげなど生やしているが、若々しい顔立ちのせいでかえって浮いて見えていた。

「えーっと、シヅキとミライだったな。いままで魔獣の相手は?」
「この前の、小鬼(オグレート)というやつだけです」
「小鬼はまあ、数の内にはなあ。いや、二十五匹だったか。数ではあるよな、うん」
「今日は何という奴を?」
「まあ小鬼(オグレート)よりは手ごわい。豚鬼(オルコ)っていう」
「おるこ」
小鬼(オグレート)のでかいやつみたいなんだけどな、未来よりは小さいけど、大の大人よりはちとでかい」
「じゃあ大分強いんですか?」
「普通のおっさんよりは強い。だが冒険屋は普通のおっさんより強くなきゃやってられないだろ」
「確かに」

 ハキロという男は噛み砕いたものの言い方ができるようだった。

「ちなみに俺は普通のおっさんより強いが、普通のおっさん相手でもさすがに集団が相手だと敵わん」
「成程」

 ハキロという男が冒険屋の一番低いところだと仮定すると、豚鬼(オルコ)とやらに勝てるのが冒険屋としての最低限のあたりであるらしい。
 その冒険屋の試金石ともいえる魔獣が、近くの森で見られたらしい。

豚鬼(オルコ)も群れをつくる。でも気性が荒いから、普通はリーダー格がいないと群れにならない。今回のも恐らく一頭か、いてもつがいの二頭だってことだ」
「それ以上だったら?」
「逃げる」
「逃げていいんですか?」
「逃げなきゃ誰が豚鬼(オルコ)の群れを報告するんだよ」
「それもそうか」
「まあでも、一頭でも危ないからな。急いで倒す。早めの対処だな」

 ハキロとの話では、一頭であれば、どちらか一人か、二人がかりでやってもらう。二頭なら二人がかりで。それ以上なら逃げる、ということになった。
 豚鬼(オルコ)の実力がわからない以上、また自分たちがどれくらい戦えるのかわからない以上、二人もこれに同意した。

 豚鬼(オルコ)が出たというのは、少し離れた森であった。つまり、村のあった近くの森である。歩いていくのかと思ったら、馬車を使うという。

「冒険屋は何かと足が入用だからな。今回はお前さんたちの試験ってことで、特別に事務所のを一台使っていいことになった。普段は有料だから、気をつけろよ」

 馬車を引くのは二足歩行の恐竜のような動物だった。
 巨大な鶏も見たのだからそこまで驚きは大きくなかったが、さすがに爬虫類は迫力が違う。

「お、狗蜥蜴(フンドラツェルト)を見るのは初めてかい」
「ええ、フンド、ラツェルトって言うんですか?」
「こう見えて雑食で、大人しいやつだよ。馬にも使うし、荷牽きもできる。よくしつけた奴なら子供の面倒だって見るさ」

 ハキロがなでるとハフハフと舌を出すあたりは、なるほど犬のようでさえある。首元にはたてがみもあるし、触ってみれば温血動物であるようだ。
 鎧という安全圏の中にいるからか、それとも彼の中の男の子が年齢相応に騒ぐのか、未来はこの狗蜥蜴(フンドラツェルト)がすっかり気に入ったようだった。

 幌のついた車に乗り込み、いざ駆けだすと道のりはすぐだった。
 なにしろ、この狗蜥蜴(フンドラツェルト)という生き物は足が速かった。そしてまた車もただの荷車とが違って簡単なサスペンションが組み込まれているらしく、揺れも少ない。
 風を頬にうけながらきゃいきゃいと楽しんでいれば、森につくまではすぐだった。

 森の入り口で車を止め、三人は森に踏みこんだ。
 御者が離れても心配がないというのが、この力強い馬の良いところでもあった。

豚鬼(オルコ)を見つけるのにはちょっとしたコツさえ覚えればすぐだ」
「コツ」
「やつら、独特のにおいがするんだ。悪臭ってわけじゃないけど、豚鬼(オルコ)臭さっていうのかね。掘り返したばかりの土のような感じがする」
「成程」

 それなら昨日、畑を耕して嗅いだばかりである。
 ハイエルフはそこまで嗅覚が強くないようでいまいちわからないが、獣人の未来は早速顔をあちらこちらに向けて匂いを嗅いでいる。

「わかるのか?」
「なんとなくは。でも、多分普通の人よりは嗅ぎ分けられていると思う」
「未来は獣人(ナワル)だったか。熊か何かか?」
「なんだろ。犬?」
「きっと狼だよ」
「なんにせよ鼻は利きそうだな」

 しかし、異常は匂いよりも先に音として現れた。

「ハキロさん」
「なんだ」
豚鬼(オルコ)って物凄く暴れるの?」
「何にもないのに大暴れしてたらおかしいだろう」
「おかしいですよね」
「おかしいな」

 まるで大男が何人も暴れるような音である。
 叫び声のような声も聞こえるし、木が圧し折れるようなめしめしといった音も聞こえる。
 すでに一行は脚を止めて、各々に身構えていた。
 血の匂いだ、と未来が鋭く言ったが、言わずともすでに二人にも惨劇の匂いが感じ取れていた。

 じりじりと足を進めていくと、木々の向こうに豚鬼(オルコ)の姿が見えた。一頭、二頭、……五頭はいる。群れだ。
 もっともその群れの殆どはすでに死んでいて、残る一頭も今しがたバリバリと頭から食われているところだったが。

「一頭もいなくなりましたけど、どうします?」
「逃げたい」
「俺もです」
「しかし腰が抜けて無理だ」
「勘弁してくださいよ」

 目の前の惨劇に、つまりは食い散らかされた豚鬼(オルコ)に、薙ぎ払われた森の木々、そしてその中心で絶賛お昼御飯中である巨大な怪物の姿に、胃の中身を吐き戻さなかったのは単にそれどころではなかったからに過ぎない。
 すっかり腰を抜かしたハキロも大概だが、紙月も足が震えてピンヒールで走るなんてことはできそうにない。頼りの未来は鎧の上からなのでよくわからないが、完全に硬直しているように見えた。

 昼飯に夢中になっている隙にいくらか後ずさりながら、紙月はハキロに尋ねた。

「ハキロさん、あれは?」
「お、俺も話にしか聞いたことがないが、多分地竜だ。そんなに大きくないから、まだ幼獣だと思うが」
「あれで小さいのかよ……」

 なにしろ豚鬼(オルコ)を頭からバリバリとやってのける怪物である。
 巨大な亀のような姿なのだが、頭から尾まで五メートルはありそうだし、高さも紙月とどっこいくらいだろう。苔むしたような全身は非常に攻撃的な棘に覆われており、特にその大きな口と言ったら、未来のような大甲冑でも平気でバリバリとやってしまいそうである。

「どういうやつなんです」
「迂闊に手を出さなきゃ大人しいやつらしい。ただ、どこまでもまっすぐ歩いて、進路上のものを何でも壊して食べちまうから、見つけたらすぐに避難警報を出さにゃならん」
「倒し方は?」
「倒し方!? 竜種だぞ! 勝てるかよ!」

 成程、と紙月は振り返った。振り返った先、つまり地竜の進む先には、村がある。小さい村は、きっとこの巨大な怪物が通り過ぎた後は何にも残るまい。それを見て見ぬふりするというのは、没義道にもほどがあるだろう。
 コメンツォに折角用意してやった畑も、台無しになる。

「未来」
「うん、わかった」
「ハキロさん、俺達はちょっとあいつを止めることにする」
「ば、馬鹿言うんじゃねえ! 早く逃げねえとお前たちまで!」
「なに……無理無駄無謀はいつものことだ」
「そうそう。何しろぼくら、無駄の塊でできてるもん」
「何故ならそこに、」
「浪漫があるから!」
「お、お前ら一体……?」

 紙月はとんがり帽子の下で不敵に笑った。

「《選りすぐりの浪漫狂(ニューロマンサー)》。世界の果てを見てきた二人さ」





用語解説

・ハキロ(Hakilo)
 二十代後半の人族男性。斧遣い。
 冒険屋としては一般的な強度と、《巨人の斧(トポロ・デ・アルツロ)》冒険屋事務所の中では比較的良心的な人柄を誇る。
 レベルに換算すると二十弱程度か。

豚鬼(オルコ)(Orko)
 緑色の肌をした蛮族。動くものは基本的に襲って食べるし、動かないものも齧って試してから食べる非文明人。
 人族以上の体力、腕力と、コツメカワウソ以上の優れた知能を誇る。
 角猪(コルナプロ)を家畜として利用することが知られている他、略奪した金属器を使用する事例が報告されている。

狗蜥蜴(フンドラツェルト)(Hundo-lacerto)
 二足歩行の雑食性の鱗獣。首元にたてがみがある。群れをつくる性質があり、人間をそのリーダーとして認めた場合、とても頼りになるパートナーとなってくれるだろう。

・地竜
 空を飛ぶことはできないが、飛竜以上に体表が頑丈過ぎてまともに攻撃が通らない非常にタフな竜種。
 硬い、重い、遅いと三拍子そろっており、さらに外界に対してかなり鈍いので、下手をすると攻撃しても気づかれないでスルーされることさえある。
 問題は、一度進路を決めるとどこまでもまっすぐ進むため、進路上の障害物は城壁だろうと街だろうと何もかも破壊して進むことで、歩く災害と言っていい。

・《選りすぐりの浪漫狂(ニューロマンサー)
 《エンズビル・オンライン》において、極振りをはじめとした尖り過ぎた性能を鍛え上げた廃人諸君を畏敬と畏怖とドン引きを持って呼び習わすあだ名。キャラも狂っているしプレイヤーも狂っているともっぱらの噂。一度酔狂でギルドを組んで大規模PvPに参戦した際に敵味方問わず盛大な犠牲者を出しているはた迷惑な面子。
 紙月は多重詠唱《マルチキャスト》で魔法を連発し過ぎてサーバーを落としたことがある。
 未来は砦の入り口で紙月と組んで通せんぼして、「無敵要塞」「詰んだ」「不具合」などと呼ばれた。