エモいに囚われた人間たちが、そんなに好きじゃないくせに金木犀がなんだと騒ぐ時期。芋や南瓜が美味しくて、秋刀魚は一回は食べておこうなんていう謎の使命に駆られたりもする。



季節がめぐっても、何度目の秋が来ても、私は今もただ漠然と、死にたいと願う日を続けている。

何をやっても上手く行かない。私ばかりがとどまっていると、数秒おきに思うのだ。思考が螺旋している。私は今、なんのために生きているのか? 週休二日、実働八時間、手取り14万円。精神疾患持ちの24歳、独身。

私の存在意義は言葉に起こしたらあまりにもちっぽけでくだらない。大切にしてあげたいのに、自分が邪魔で仕方がない。私という、名前を持ったひとりの人間に対しての嫌悪が止まらなくなる瞬間が幾度とある。くるしい、きえたい、このまま誰にも気づかれずに死んじゃいたい。どうしたら抱えているこの気持ちはなくなるんだろう。

なんて、考えたところで悩みが蒸発するわけじゃない。


ベッドの上に横たわっていると、ぐる……と濁った音が鳴った。お腹が空いているみたいだ。今はそうだな、ラーメンがいいかな。地元の最寄り駅から5分のところにある、夫婦で営んでいるこじんまりとした店。冬季限定の濃厚味噌ラーメンがたまらない。そうだな、やっぱり今日はなんだか元気かもしれない。酷い日は食事も睡眠も何もかもだるくて不要なものに思えてしまうけれど、今日はまだ胃が食べ物を求めている。

鉛のように重い身体を起こし、床に放り投げていた鞄を拾う。昨日は銀行に行く気力がなくてそのまま帰って来てしまったから、財布には小銭が少ししか入っていなかった。クレジットカードもキャッシュレス決済も主流になったけれど、あのラーメン屋は現金以外は使えない。

ああもう、なんで。休日の銀行に手数料を払うのは負けた気がする。だめだめ、やっぱり今日は元気じゃない。


「う“あー…」


濁った嘆きは静かな空気に溶けていく。ボサボサの髪も、テーブルに散らかった食材も、ゴミの日を何度も逃した残骸も、人間の形をした私も、醜くて、死ねと思う。



長い間、私は私を憎んで生きている。こんな気持ちを抱える前に、この手で口を縫い付けて目を潰して耳を切り落として、その先の人生を拒絶してあげられたらよかった。


『でもさぁ、お前はそういう病気じゃん。仕方がないから。そのままでいいよ。だから生きろって、ちゃんと』


不安定になって泣き叫ぶたび、昔の恋人は私にそう言った。そのままで良いはずがない。この先に待つ地獄、今ある苦痛。生きろなんて、私を思った言葉じゃなくて、わかったふりをしているだけのそんな言葉は呪いだ。全部振り切って逃げ出したいのに、それすらできない。



「生きろとか、あたしみたいなやつに軽々しく言うんじゃねーよ、ぼけ」


気分屋と称される私の病気は実に厄介で、邪魔で、危うく自分ごと殺してしまいそうになる。恋人は「わかっていない」。私の苦しみも悲しみも抱える過去のひとつも知らない。だから、わかってくれるわけもない。けれど私もまた、恋人の普通をわかり得ない。私たちが別れたのは、しょうがないことだった。


悪意は突然降ってくる。

本当の私を知らない人間に、勝手に傷つけられて、簡単に折れてしまうような日々。死ぬまで一生、勝手についてくる病気わたし。鬱陶しくて、憎らしくて、消えてほしいのに、それすら愛おしく感じる瞬間のために生きている、のだろうか? へんだ、おかしい、気持ち悪い。だけどそれは思うだけ。あくまで普通のふりをして、生きたいふりをして、へらへら笑って生きている。生きる理由なんか、あたしみたいなやつにとっては考えるだけしょうもない。

わかるわけがないのだ。私の血液型すら知らない人間が、誕生日すら覚えてくれない人間が、私が好きなのが夜で苦手なのも夜だってことすら知らなかった人間が、私をわかった気になるな。所詮みんな他人だ。私の抱える苦しみは、私以外にはきっと理解できない。他人ごときが、私の一線を越えていいはずがない。


『そうやって諦めて、ひとりで殻に閉じ込もるところ、俺はずっと苦手だった』
『でもあたし、そうやって生きてきたんだよ、24年もずっと。今更どうやって生きてきゃいいの』
『ほら、そうやってしょうがないで済ませるところも。24にもなって逃げてばっかじゃだめだろ』


思い出したとて、他人の言葉はもう響かない。


「じゃああんた、病気以外にあたしのことわかろうとしたことあったかよ……つって」




気温が落ちた。気づいた頃には冬が来る。
今年の秋も、私は惰性で生きている。