中学生の頃から何度も来ていた咲葵の家を前に、かつてないほど緊張していた。心臓が爆発寸前なのは、全力疾走してきたからだけじゃない。
三回ほど深呼吸をしても乱れた息は整わなかった。だけど落ち着いたら落ち着いたでまた尻込みしてしまいそうな気がしたから、勢いに任せてインターホンを押した。
「はい」
「私、美桜だけど、咲葵? ちょっとでいいから時間もらえないかな。話したいことがあるの」
「美桜? ……ちょっと待ってて」
すぐにドアの隙間から顔を出した咲葵は、泣き腫らした大きな目をぱちくりさせている。
「……あがって」
ゆっくりと歩き出した咲葵の背中を慌てて追った。
咲葵の家はリビングを通らなければ二階に行けない造りになっている。連休中なのに、リビングには人影がなかった。
「家の人、誰もいないの?」
「うん。お父さんは仕事だし、お母さんと百合は旅行中」
百合ちゃんは一歳下の、咲葵の義理の妹。
咲葵のお父さんは私たちが中一の頃に再婚して、百合ちゃんはお母さんの連れ子だった。
当時は私のお母さんも蒼葉を妊娠して再婚したばかりで境遇が少し似ていたから、よくお互いの家の話をしていた。
新しいお母さんも妹も全然仲良くなれない。咲葵はよくそう言っていた。
愚痴をこぼしているときでさえ咲葵は笑っていた。だからそんなに深く悩んではいないように見えたし、なにより咲葵ならすぐに打ち解けるだろうと思っていた。そしていつからか咲葵は私に愚痴を言わなくなったから、状況は好転しているのかと思っていた。
だけど今の表情や口調からして、そうじゃないことは明らかだった。
「ていうか、もう離婚するかも。まあここお父さんの家だから出てくのは向こうだし、わたしは引っ越すわけでも転校するわけでもないし、どうでもいいけど」
「離婚、って……」
──ちょっと美桜に相談っていうか、話したいことあって……。
そうだ。咲葵はあの日、私にそう言った。
「……もしかして、相談って」
咲葵は答えずに苦く笑った。
出会ってからこの四年間、私は一体咲葵のなにを見てきたのだろう。