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〈五月四日(水)日直 なし/欠席 ?〉
「ねえ蘭音、聞いた? 重たあ~い! だって。あざとすぎだろ」
背中越しに茜の声が聞こえた。
そうっと目線だけ向けると、咲葵が大きな木材を抱えて教室から出ていくところだった。男の子がふたり運ぶのを手伝っている。
「か弱い演技までして男に囲まれたいのかなー。彼氏いるのにねー。永倉かわいそー」
「永倉に振られたときのためにキープ作ってんじゃね?」
「きもー。死ねばいいのに」
まだ永倉くんが来ていないのをいいことに、蘭音と茜はいつも通り言葉の刃を振り回す。
「ねえ、美桜?」
「え?」
振り返ると、蘭音と茜はいつの間にか私の方を向いて立っていた。
ふたりの目は、奇妙な三日月型になっていた。
じわじわと、鼓動が大きく速くなっていく。
粟立った背中に汗がつたった。
「ね。美桜もそう思うよね?」
これはチャンスだ。
いつか蓮にも与えていた、私自身が何度も与えられて必死にしがみついていたチャンス。
なるほどこういうことかと納得する。
私相手じゃ張り合いがないわけでも、一気に存在を消される段階まで飛んだわけでもなかった。単に飼い殺し状態だったのだ。
あたしたちに口答えしたらどうなるかよくわかったでしょう。ひとりで寂しかったでしょう。辛かったでしょう。もう一度〝こっち側〟に戻りたいでしょう。
ここで空気を読めば赦してあげる。仲間として認めてあげる。
──だって美桜には〝ここ〟しか居場所がないでしょう?
教室の中は、やっと春らしくなったぽかぽか陽気に反して、真冬に戻ってしまったかのように凍てついていた。
首を巡らせれば、私と同じように黙々と作業していた数人の子たちが気まずそうに顔を伏せていた。
今まで何度、こんな光景を目の当たりにしてきただろう。
その度に私は、なにを考え、なにをしてきただろう。
私は、本当はどうしたかったんだろう。本当は誰と一緒にいたかったんだろう。
大切な人は誰だろう。守りたいものはなんだろう。
白い天井を仰ぐと、そこにみんなの顔が浮かんだ。
ひとり、またひとりと消えていく。
答えは歴然だった。
ずっと荒波が打ち寄せるように激しく葛藤していた心が凪いでいく。
ふたりを見据えて、乾いた唇を開いて、からからの喉から音を絞り出した。
「……咲葵、は」
私に見ているふたりの口元がにやりと動いた。
──美桜は絶対に乗ってくる。