「好きだから」

 一切の躊躇も照れもなく、間髪入れずに、こともなげに、さも当然かのように言った。

 時生が私に好意を抱いてくれているかもしれない。恥を忍んで言えば、そう思ったこともなくはない。だって「一番可愛いと思ってる」なんて言われたら、これだけそばにいてくれたら、誰だって自惚れてしまうと思う。

 だけど、勘違いだと思うようにしていた。だって理由がない。

「新学期の日からずっと見てた」

 新学期が始まってすぐの頃、時生がずっと蘭音のことを見ていると誰かが言った。

 どうせ根も葉もない噂だと思っていた。

 だけど噂は本当で──ただ時生が見ていたのは、蘭音じゃなく私だった?

「美桜が好きだよ」

 しっかりと目を合わせて、時生はそう言った。

 時生に名前を呼ばれたの、初めてだ。思い返してみれば、名字すら呼ばれたことがなかった。

 それなのに違和感がなかった。まるでそう呼ばれるのが当たり前みたいに、ずっと前からそう呼ばれていたみたいに、時生が言った「美桜」は自然だった。

「……なん、で」

 混乱が増していく。

 だってあの日は、新学期が始まってまだ三日目だった。もちろん時生と話したことなんてなかった。それなのに、その頃から私を好きでいてくれた?

 自分で言うのも悲しすぎるのだけど、自虐抜きにしても、私は俗に言うひと目惚れなんてものをしてもらえるほど可愛くはない。

 まさか、その前からってこと? 同じクラスになる前から、私のことを知っていて──。

「お願いがあるんだけど」

「え? なに?」

 あれ?

 そういえば時生って、一年の頃は何組だったんだろう。

 うちの高校は生徒数が多くない。同学年の生徒の顔くらいはなんとなく把握できている。

 だけど時生のことは同じクラスになるまで全く知らなかった。全員の顔を正確に覚えている自信はないからさほど気にしたことはなかったけれど、前々から時生のことを知っていたという話は誰からも聞いたことがない。

 ──つーか一年のときも見たことねえし。誰かあいつのこと知ってる?

 あのとき、頷いた子はひとりもいなかった。

 そうだ。誰も時生のことを知らないんだ。

 実は永倉くんと同じく転校生だった?

 いや、たぶん違う。時生はタイムカプセルのことを知っていたし、埋めたとも言っていた。

「名前で呼んでほしい」

 ……あれ?

 私、時生にお母さんの話したことあったっけ?

 どうしてお母さんと喧嘩したことまで知ってるの?

「俺の名前知ってる?」

「し、知ってるよ」

 二週間前だったら答えられなかったけれど、今はもうちゃんと記憶している。

 放課後の教室で初めて話した日、時生が殴り書きみたいな字で書いた名前を。

 夏に咲き誇る、花の名前を。

「──蓮」

 時生は泣かなかった。その代わりに、今までで一番自然に、穏やかに微笑んだ。

 そして、時生は私の前から姿を消した。