蘭音が唯一自分と対等に見ているのは、私が知る限りでは咲葵だけ。というより、決して本人は口に出さないけれど、咲葵に勝てる自信があまりないのではないかと思う。だから咲葵がいるとふたりの言動は多少軟化する。

 私は──問うまでもなく、確実に見下されているけれど。

「そうだよ。ちゃんと自分でやれよ」

 咲葵の後ろから援護射撃したのは永倉(ながくら)くんだ。
 これでいつメンの八人全員が集結した。
 永倉くんは白い歯を覗かせて、私と咲葵に「おはよ」と眩い笑顔を向けた。爽やかにも程があるし、シンプルに顔面がよすぎる。
 赤面していることを自覚する。知り合ってから半年以上も経つというのに、どうしても彼の姿に慣れることができない。

「月に何回も日直やらせたら可哀想だろ」

 咲葵と永倉くんがこうして助け舟を出すのは私に対してだけじゃない。この教室で唯一〝時生を庇う〟ができる貴重な存在でもあり、さっきもふたりがいればあんな空気にはならなかった。
 特に永倉くんは男同士だからか余計に気にかけているようで、時生と話しているところを一度だけ見かけたことがある。

「あはは、私なら大丈夫だよー。別に日直嫌じゃないし。適当にやればいいだけだもん」

 平然と大嘘をつく。
 日直なんて面倒でしかない役は私だってごめんだ。
 それでもこう言うしかない。じゃないと収拾がつかない。

 咲葵と永倉くんに挟み撃ちされた蘭音の顔は明らかに苛立っている。その怒りの矛先は私に向く。それは共に過ごしてきた一年間で痛いほど骨身に染みている。

 ──早くやるって言えよ。

 私を見続ける蘭音の目は、間違いなくそう言っていた。

「大丈夫だよ、ほんと。気にしないで。咲葵も永倉くんも、ありがとね」

 引きつった作り笑いで返すと同時に、始業のチャイムが鳴った。果てしなく長い時間だったように感じるのに、話し始めてからまだ二十分と経っていなかったのだと気づいてうんざりする。誰にも見られないように、ごく小さな息を漏らした。

 朝から神経を使いすぎた上に日直を押し付けられたけれど、とりあえず朝のミッションはクリアした。蘭音の機嫌をとる──というミッション。
 あとは各休み時間と、昼休みと放課後を乗り切らなければ。つまり、授業以外の時間はずっと、もうほとんど残っていない神経をさらにすり減らしていかなければならない。

 これが私の日常。息が詰まって仕方ない──私の日常。