「次はどうする?」
「顔真っ青だけど」
「大丈夫。全然余裕」
立ってるのがやっとに見えるけど。
気を遣って帰るべきかと悩んで、やめた。まだ帰りたくなかった。今日は時生の強がりに甘えることにした。
もう少しだけ、現実逃避をしていたかった。
もうちょっとな気がする。もうちょっとだけ休めば、また歩き出せる気がする。
「……どこか、高いところに行きたいな」
「えっ」
「あ、違うよ。ただ空を見たいなーと思って」
「あ、そっか。……わかった。行こう」
もう十七時を過ぎているから、展望台は閉園している。結局地元に戻って、高校の屋上に行った。
校内にはまだちらほら生徒が残っていた。幸い教室や廊下から階段は見えない構造になっている。とはいえ油断せずに気配を消して物音を立てずに潜入し、忍者さながらに素早く階段を駆け上がった。
屋上のドアを閉めると、はあー、と大きな息が漏れた。自分で提案したとはいえ、さすがに心臓に悪すぎた。
「手、繋いでいい?」
驚いて時生を見れば、照れている様子はなく、すごく真剣な目で私を見ていた。
色めいた意味で言ったわけではなさそうだ。前に雑居ビルの屋上で話したときも様子がおかしかったし、高所恐怖症はけっこう重度なのかもしれない。
「いい……けど」
戸惑いながら右手を差し出すと、時生は手袋をしたまま左手を重ねた。
歩き進めることなく、手を繋いだまま塔屋を背にどちらからともなく座り込んだ。
金網フェンスの向こうには、なんてことない、たかが知れている風景が広がっていた。
この狭い田舎が大嫌いだった。けれど高層ビルなんてなにもない田舎だからこそ、遠くまで見渡せることに気づく。
「ほんとだね。世界って広いんだ。時生が言ってたみたいに、私が知らない世界って、きっとまだまだたくさんあるんだね」
黄昏色の空は、息を呑むほど美しかった。頬を撫でる風はとても優しかった。
空があまりにも綺麗なせいで、自分がひどく滑稽に思えた。
「……強く、なりたいな」
ふいにそんな言葉がこぼれた。
完全なる無意識で、だからこそ間違いなく本音だった。
変わりたいと願った、あの日みたいに。
「私、強くなりたいな。……今ね、最悪な状況なんだよ。ほんと、笑っちゃうくらい最悪なの」
「うん」