特に行きつけの美容室はないから、とりあえず近場のお店をスマホで検索した。『高校生カット1000円!』というお店を見つけて、とりあえずそこに向かった。
最寄り駅から、家とは逆方向に十分ほど歩いたところにあるようだった。
スマホのナビを頼りに歩いて行く。導線からほんの少し外れただけなのに、間違いなく生まれ育った街なのに、まるで異世界に来たみたいだった。
ふと見上げてみると、桜の木に蕾がなっていることに気づいた。
いつの間に春が訪れていたんだろう。全然気づかなかった。
私の視野や行動範囲がどれだけ狭いのかが身に染みた。
まだ開店前だからか、透明の両開きのドアは開放されていた。両脇に観葉植物が置かれている。
「ねえ、時生も髪切れば?」
いつも髪ぼさぼさだし。
「俺はいい。美容室苦手だから」
「話しかけられるから?」
「それもある」
確かに苦手そうだ。
「んー……ほんとにいいの? ひとりで大丈夫?」
「一時間くらい余裕」
「そっか。うん、じゃあ行ってくるね」
お店に入るとすぐに席に案内された。椅子に座って雑誌をぱらぱらめくる。
なかなか店員さんが来ない。終わる時間が遅くなるかもしれないと思い、念のため時生に【終わったら連絡するね】とだけ送った。
返事はすぐにきた。
【俺はどうなってもいい】
は?
【間違えた】
そうだよね。いくらなんでも大げさすぎるよね。
【俺のことは気にせず楽しんできて】
【美容室だから楽しんでは違うか】
よくわからないから【ありがとう】とだけ返信してスマホを置いた。