「てか今日だるいんだよねー」
今の今まで元気に悪口を言いまくっていた蘭音がわざとらしく額に手をあてると、茜はすぐさま心配そうな表情を作った。
「まじ? 風邪? 大丈夫?」
「んー、ちょっと頭痛くて。誰か日直代わってくんないかなー」
反射的に目を伏せた。そんなの無駄な抵抗でしかないとわかっているのに、身体は正直だ。
空気感で伝わってくる。「最悪だね」と賛同した茜や取り巻きトリオが私に鋭い視線を向けていることも、その視線には「代わってやれよ」という圧が込められていることも。
この狭い空間では逃げられない。逃げる場所もない。私が今求められている台詞はただひとつ。
誰にもばれないように、ごく小さなため息を漏らした。
「あ……じゃあ私が代わる──」
「美桜、日直やったばっかりじゃない?」
頭上から声がした。見上げると、指定の鞄を肩にかけた咲葵が立っていた。
咲葵は私を見てにっこり微笑んだ。その拍子にセミロングの髪が揺れる。本人は猫毛と癖毛が悩みだと言うけれど、緩く巻いてるみたいで可愛い。咲葵の柔らかい雰囲気によく似合っている。
「おはよ」
「あ……うん、おはよ」
咲葵の登場によりやっと朝の挨拶が交わされた。同時に、張り詰めていた教室の空気も、私の神経もふっと和らいだ。
「誰だって日直は嫌だけど、順番にやってるんだから。押し付けちゃだめだよ」
おっとりした口調で有無を言わさぬ正論をぶつけられた蘭音と茜は、ばつが悪そうに目を逸らした。今までの勢いが嘘みたいに口を閉ざす。
あからさまに不愉快そうな顔をしていても、言い返すことはない。なぜなら咲葵は、別種ではあるものの蘭音に並び立つ強者だから。
まず顔が可愛い。とにかく可愛い。雪みたいに真っ白な肌、やや垂れている大きな目に色素の薄い大きな瞳、小さめの赤い唇。小柄でほっそりとした体躯。まるで〝可愛い〟の集合体みたい。
蘭音や茜みたいな派手さはなくとも、ただ立っているだけで人目を引く。咲葵がいるだけでその場がぱっと明るくなるような華やかさがある。大きな目をいつも柔和に細らせていて、安心感を与えてくれる。咲葵は人を安心させる天才だ。
だからこそ咲葵は、人間関係に必ずある〝グループ〟という垣根を越えて、圧倒的な人気と人望を誇っている。