*
どれだけの時間が経っただろう。
たったの五分だったかもしれないし、一時間くらい経っていたかもしれない。
ふいに雨が止んだ。雨音は鳴り止んでいないのに、私の上だけ雨が止んだ。
顔を上げた。薄闇の中に、時生の姿がぼんやりと浮かんでいた。
その姿は、いつか脳裏に浮かんだ影とよく似ている気がした。
私の頭上には透明のビニール傘があった。
「死にそうな顔してる」
連絡はしていない。なのにどうして時生がここにいるのか、疑問には思わなかった。
どうしてだろう。時生は来てくれるような気がしていた。
「……はは。凍死しそう」
「ごめん、上着持って来ればよかった。これ持って」
差し出された傘を受け取らずにかぶりを振った。
「いいよ。冗談だよ。どうせもう全身ずぶ濡れだし。時生が風邪引いちゃう」
「そんなことどうでもいい」
シャフトを私の肩にかけて、空いた手をポケットに入れる。
時生はあっという間に、私に負けないくらい濡れねずみになった。
「また話聞かせてよ」
「……別に、話すことなんか。時生が見てた通りだよ。で、時生がいなくなってからは私の悪口のオンパレード。ついでに咲葵とも事実上の絶交状態」
「気持ちの話を聞きたい。前にも言ったじゃん。嬉しいとか悲しいとか、ちゃんと教えてって」
「大丈夫だよ。大丈夫。だって私、ほら、笑ってるじゃん」
「笑ってる人が幸せだとは限らないって、これも前に言った」
時生ってけっこうしつこいし諦めが悪い。
ちょっとだけ呆れた。そしてちょっとだけ、ほっとしていた。
私の肩に乗っていた傘が、バランスを保てず地面に転げ落ちていった。
「……死にそう、だよ」
何度でも言ってほしかった気がする。何度でも訊いてほしかった気がする。
そうじゃないと、言えなかったから。
「──もう死にたい」
ずっとずっと、そう思っていた。
だからタイムカプセルだの十年後の自分だの、未来を示すものに興味を抱けるはずがなかった。
その頃までこの世界にいる自信がない。いたとしても、どうなっているかなんて考えたくもなかった。
土の中に埋めた、十年後の私宛の手紙は、白紙だった。
「わかってるよ。別に虐待されてるわけでも、今はもう昔みたいにいじめられてるわけでもない。私の悩みなんてちっぽけで、くだらないことくらいわかってる。だけど、それでも辛いの。どうしたらいいか、もうわかんないの!」