昼休みは残り五分ほどあった。
暗然とした気持ちで教室に戻れば、ドア越しでもわかるほど空気は一変していた。
さっきみたいに異様な空気ではなく、いつも通りの風景に戻っている。
「つーかなんなの。まじうぜえんだけど。なんでいちいち突っかかってくんの?」
茜が言いながら咲葵の机を蹴る。
今まで沈黙と愛想笑いを貫いていた子たちまで、一喝されてさすがに腹が立ったのか、次々と咲葵に対する文句を口にしていく。
入るタイミングがわからずに立ち尽くしている間も、みんなはダムが決壊したみたいに咲葵への怒りをこぼしていく。
そしてもうすぐ予鈴が鳴ろうというとき、
「咲葵もうぜえけど、一番ムカつくのは美桜だよ」
心臓がどくんと跳ねた。こめかみに、背中に、すっと汗がつたった。
蘭音が茜に続いた。
「美桜って実際陰キャじゃん? ただへらへら笑うしかできないくせにさー。うちらがいじってやってるおかげでキャラ確立できてんのに、最近調子のってるよね。ちょっと仲良くしすぎたかなー」
「実はあたし、蘭音ちょっと美桜のこと甘やかしすぎじゃないかって心配してたんだよ。こんなこと言いたくないけど……蘭音がいないとき、蘭音のことぼろくそ言ってるんだよね。この間だって、絶対パパ活してるよーとかって」
「は? それまじで言ってんの?」
違う。そんなの嘘だ。
かっと頭に血が昇り、教室のドアに手をかけた。
だけど、その手を動かすことができなかった。
私が弁解したところでどうなるんだろう。
蘭音はきっと茜を信じる。信じていなかったとしても、十中八九、敗北するのは私。
リノリウムの床に体温を吸収されていくみたいに、頭のてっぺんからつま先にかけて、すーっと力が抜けていった。
二年前に経験したそれとよく似ていた。けれど今回は幻滅じゃなく、絶望に他ならなかった。
だめだった。また失敗した。結局こうなるんだ。
どうしてだろう。どうしてこうもうまくいかないんだろう。
理由はわからない。いや、きっと理由なんてない、そのときにムカついた相手を標的にしたいだけ。結束を固めるために、誰かひとりをこぞって攻撃しないといけない。
〝カースト上位〟という強固な鎧がある限り、彼女たちが改心することはないんだ。
指先にぐっと力を入れても、ドアはすぐに開かなかった。鉄の扉になったみたいだった。
なんとかこじ開けて素知らぬ顔で教室に入ると、さっきとは比べものにならないほどの鋭い視線が送られてきた。
聞いていなかったふりは無意味らしい。
この瞬間、私の高校生活はピリオドを打った。
今まで少しずつ積み上げてきた、必死に守っていたこの教室での私の存在価値が、人権が、尊厳が、ガラガラと音を立てて崩れていった。
視線から逃げるように顔を伏せた。
今日、いや、あと二時間だけ耐えれば連休に入る。それだけが頼みの網だったのに、
「みんなわかってると思うけど、学校祭の準備、うちのクラスだけなんにも進んでないからなー。GW中も作業しなきゃ間に合わないからなー。用事がない日はなるべく登校するように」
SHRにて、担任にさらっと死刑宣告をされた。