本当にこれが毛嫌いしている理由なのか確認はしていない。それでも断言できる。そもそもこの話は禁句になっているから掘り返すわけにはいかない。もはやあの日のことはなかったことになっている。

 口にすれば蘭音の逆鱗に触れることは間違いないし、蘭音に恥をかかせてはいけないから。
 それがこの教室の暗黙のルール。

「どうした? 機嫌わりーじゃん」

 時生に次いで登校してきたいつメンの男子チームのうち三人が(私的には友達というより蘭音の取り巻きトリオという認識だけれど)きらきらと目を輝かせて口をぱくぱくさせて、餌につられた魚みたいに集まってきた。

「あいつが陰気臭くて目障りって話ー」
「あー確かになー」
「てかさー。あいつ友達いないのかな。いつもひとりでぼけーっとしてさあ。やばくない?」
「いないんじゃね? つーか一年のときも見たことねえし。誰かあいつのこと知ってる?」

 男の子がクラスメイトたちにそう投げかけた。
 こういうの嫌だな、と思う。毎度のことながらひやひやする。内臓が押し上げられているような息苦しさも覚える。
 助けを求めるように教室を見渡すと、それぞれがリアクションをとっていた。

 首をひねる。顔を横に振る。気まずそうに俯く。聞こえないふりをして友達と話を続ける。我関せずとそっぽを向く。「知らなーい」と気だるそうに返事をする。くすくすと笑いを漏らす。ついには噴き出す。
 様々なリアクションの中で唯一ないのは〝時生を庇う〟だ。

「誰も知らねえってやばくね? 存在感なさすぎ。幽霊かよ!」
「友達いないとか生きてる意味ないよねー。死んじゃえばいいのに。あ、茜、友達になってあげれば?」
「やめてよ! 陰キャ移るじゃん!」

 ──ひどい。誰か止めてくれたらいいのに。
 哀願するようにもう一度教室を見渡してみても、みんなの反応は変わらない。
 最後に時生を確認すると、頬杖をついて窓の外を眺めていた。まるでそこだけ流れている時間が違うみたいに、和やか極まりない光景だった。

 拍子抜けしてしまう。心配して損した。
 ここまで言われても一切反応を示さないのは、ただ単に気にしていないのかもしれない。いや、そうに違いない。だってムカついたり傷ついたりしたら、多少なりとも表情だったり仕草だったりに現れるはず。
 他人にどう思われようが関係ない。我が道を行く。時生はきっとそういう奴なのだ。