「よく言われる。私、猫背だから。……昔はね、姿勢いいって言われてたんだよ。だけど今はもう全然だめ。人と対面すると、どうしても足が竦んで俯いちゃう」
すっと立ち上がった時生は、「ちょっと立ってみて」と地面を指さした。
指示通り立ち上がる。
「じゃあ次、膝と背筋伸ばしてみて。ぐっと」
「あ、はい」
なんの講座なんだろう。今までの話と関係があるんだろうか。
戸惑いながらも素直に従った。
「じゃあ最後。顔上げて」
下がっている目線を上げた。
空を見上げたわけじゃない。ただ前を向いただけ。
たったそれだけなのに、視界がぐんと広がった気がした。
「景色変わった?」
「……うん。全然違うかも」
目が合った。
時生との目線が、いつもよりずっと近かった。
そのとき、時生の言葉がまっすぐ届く理由がわかった。
「身体を縮めて俯くと、無駄に相手が大きく見えちゃうんだよ。こうやって背筋を伸ばして、相手の目をじっと見たら怖さなんてすぐになくなる。切り捨てられることに怯えなくていいんだよ。こっちにだって切り捨てる権利はある」
時生は無表情だから、喋り方が棒読みだから、感情も乏しそうに見えてしまう。
だけど違う。無感情なんかじゃない。時生はいつだって優しかった。
いつだって、私に大切なことを伝えようとしてくれている。
「中三のときのことは……ごめん、なにも言えない。ほんとに辛かったと思う。けど今はあの頃とは違う。どうしても怖くなったら俺の顔思い出して」
「か、顔? なんで?」
「間違えたかも。俺は絶対に味方だから、ひとりぼっちなんかじゃないってことを思い出してほしいって意味」
風が吹いた。春の匂いがした。
そうか。ちゃんと春は来るんだ。冬に戻ることも、夏まで飛んでしまうこともない。
季節は必ず移りゆく。たとえ、止まってほしいとどれだけ願っても。
時間は必ず流れゆく。たとえ、戻ってほしいとどれだけ嘆いても。
「絶対にひとりぼっちなんかじゃない。もしもこの先、俺がいなくなったとしても、それだけは忘れないで」