頭で考えていることと正反対の言葉を瞬時に吐くのは、私の数少ない特技のひとつだった。全くもって自慢にならない、我ながら情けない特技。こんなものを習得してしまったのは、一体いつからだっただろう。
不快感を顔に出してはいけない。反論するなんてもってのほか。
なぜなら蘭音は強者で、私は弱者だから。
「あ。来たよ」
教室に入ってきた彼──時生の姿を目で捉えた蘭音は、苦虫を噛み潰したような顔をした。声は声帯がバグでも起こしたのかと思うくらいドスの効いたものに変わる。
黒い学ランの上下を気崩すことなくきっちりと身にまとった時生は、両手をだらりと下げたまま無表情ですたすたと歩いていく。
本人に聞こえたか聞こえなかったかはわからないけれど、こちらを見向きもせずに廊下側の最後列にある自席に座った。
「朝からうぜー。まじ目障りなんだけど」
発言とは裏腹に、茜は唇の端をにやりと動かした。
格好の餌食が来たとばかりに。
「ちょっと茜ー! あいつひと言も喋ってないじゃん!」
「存在自体が無理」
「わかるー。急に空気まで悪くなったよねー。まじうざい」
私たちの席と時生の席は二列しか離れていない。耳を澄まさなくたって嫌でも聞こえる距離。
そんなこともお構いなしに、ふたりは声のボリュームを下げずに言葉の刃を振り回し続ける。
いや、わざと聞こえるように言っているのだ。
時生が言い返してこないことをわかっているから。万が一言い返してきたとしても、クラスメイトの大半が蘭音側につくことが蘭音自身わかっているから。
ふたりが誰かの悪口を言うのは日常茶飯事とはいえ、時生に対する敵対心は凄まじかった。名前はおろか名字さえ絶対に呼ばないほどの徹底ぶり。
本人いわく「無駄に名前だけかっこいいのがムカつく」という、なんともやけくそな理由である(確かに『時生』という名字はちょっとかっこいいし、うろ覚えだけど下の名前もちょっとかっこよかった気がする)。
というのは建前に過ぎず、人畜無害のクラスメイトをここまで毛嫌いしているのは、明確かつ大きな大きな理由がある。
一週間前、教室の中心で「あんた、あたしに気あんの?」と自信満々に言ったのが蘭音。そして「え……興味ないけど」と一蹴したのが、他でもない時生だったのだ。