咲葵を避け始めてから、私は神社に行っていなかった。いや、行けなくなっていた。
せっかく逃げ場を見つけたのに。捌け口になると言ってくれたのに。
今あのまっすぐな目を見たら、自分の汚さや愚かさを思い知らされてしまうような気がした。
だから、時生にメッセージを送ることも、送られてきたメッセージに返信することもできなかった。SNSで義務かのように『いいね』を押し、グループトークで自虐と変なスタンプを送り続けていた。
大人になると、月日が経つのが早く感じるという。それは変わり映えしない毎日の繰り返しで、刺激がなくなるからだと言っている人がいた。
なにを言ってるんだろう。今だって同じような毎日の繰り返しだ。それでも一日一日が恐ろしく長い。
朝目覚める度に、また同じような一日が始まるのかと──息ができない毎日が続いていくのかと思っただけで眩暈がする。
もともと早起きは得意な方だった。寝坊で遅刻したことは一度もない。
今だって苦手なわけじゃない。カーテンの隙間から陽が差し込めば自然と目が覚めてしまう。
だけど、やけに頭が重い。ベッドから起き上がりたいのに、制服に着替えたいのに、まるで身体とベッドが接着剤でくっついているみたいに動けない。
──しんどいな、もう。学校、行きたくないな。
そればかりが頭の中で反芻する。スマホのアラームよりも大きな音で、何度も、何度でも。
次第に頭は靄がかかったみたいに重くなり、また額の古傷がずきずきと痛んでくる。
──辛いときは逃げたっていいんだよ。
自分から避けたくせに、都合のいいときばかり時生の声が頭をかすめる。
まだ起きたくないと駄々をこねる身体をベッドから引き剥がし、階段の手すりを握って、ふらつく身体を支えながらリビングに向かった。ドアを開けると、私が起きるのが遅くなってしまったから、ダイニングテーブルにはすでに朝ご飯を食べている蒼葉と葉月がいた。
キッチンでコーヒーを淹れているお母さんの姿を見つけて、深呼吸をして近づいていく。
「お母さん」
「遅かったじゃない。寝坊?」
朝食作りをさぼったから怒られることを覚悟していたのに、お母さんは意外と機嫌が悪くなさそうだった。
今がチャンスかもしれない。今なら言えるかもしれない。
「あのね。……今日、学校休みたい」
お母さんは不思議そうに小首を傾げた。
驚くのも無理はない。無駄に健康で滅多に風邪さえ引かない私は、学校を休みたいなんて言ったことがほとんどない。
教室でずっとひとりぼっちだったときでさえ、一日もさぼったことはなかった。
「珍しいね。熱でもあるの? お母さん今日も仕事だから、風邪ならバスで病院に……」
「違うの。熱はない、けど……」
「身体がだるいの?」
だるいはだるいのだけど、頷くことができなかった。
いっそのこと仮病を使ってしまおうか。その方が楽だし、あっさり許してくれる。
だけど、どうしてかわからないけど、ちゃんと言いたかった。
「……学校、行きたくなくて」
「どうして? 友達と喧嘩でもしたの?」
「喧嘩っていうか……」
もごもごと口を動かす私を見て、お母さんは大きくため息をついた。
「ちょっとこじれただけでしょう。よくあることだよ。女の子同士なら特にね。これからもずっとそういうことあるんだから、ちゃんと乗り越えて強くなりなさい。それくらいでいちいち学校行きたくないなんて言わないで」
──これ以上、面倒かけないで。
ダイニングに行ったお母さんの背中には、そう書いてあった。