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〈四月二十二日(金)日直 三島・村上/欠席 塚崎〉

 今度は蘭音が風邪で休みだった。
 ほっとしたいところなのだけど、今日ばかりはいてくれた方が多少はましだったかもしれない。
 咲葵がグループから抜けた今、必然的に茜とふたりになる。取り巻きトリオは蘭音や咲葵目当てなわけだから、私と茜のところにはわざわざ来ない。

 茜とは一年の頃からずっと同じグループにいるものの、ふたりきりで話したことってほとんどないかもしれない。
 気まずいながらも朝を乗り越え、それとなく交わしながら(たぶんお互いに)休み時間を乗り越え、問題は昼休みだった。十分休憩はトイレだのなんだのと理由をつけられたけれど、昼休みはそうもいかない。
 意を決して、購買で買ったパンを持って茜のところに行く。微妙な空気のまま「やっとお昼だね~」「お腹空いた~」なんて当たり障りのない会話で間を繋いでいると、

「ねえ。蘭音、ほんとに風邪なのかな」
「え?」

 茜の表情は、蘭音と愚痴大会をしているときのそれだった。

「どうせ仮病じゃね? それか性病とか」

 意味がわからない。卑しい目つきをする茜に、素直に嫌悪感を覚えた。

「だってさー、蘭音が持ってる鞄ってブランド物で、確か二万くらいするんだよ。美容室もネイルもしょっちゅう行ってるしさあ。パパ活とかしてるに決まってるよ」

 愕然とした。
 茜の口から流れるように出てくる雑言が、頭の中でごちゃ混ぜになっていた。

 茜は心の底から蘭音を崇拝しているとか信者だとか、そんなピュアな気持ちで信じていたわけじゃない。少なからず私と同じように、カースト上位に君臨し続けるために、蘭音に嫌われないように合わせていることはわかっていた。

 ただし、それだけじゃなかったんだ。隙あらば蘭音のポジションを剥奪しようとさえ考えているのかもしれない。
 輝いている茜の目は、まるで絶好のチャンスとでも言いたそうに見えた。

「……そんなことは、ないんじゃないかな。お金のことは、蘭音ってほら、お嬢様だし」
「お嬢様って。ちょっと親が金あるだけでしょ」
「でも……さすがにパパ活なんてしてないと思うよ。だってそんな話聞いたことないし、誘われたこともないし。それに放課後はうちらいつも一緒じゃん」

 茜の目つきが変わった。
 話にならない、使えない、つまらない。そんな意味を込めた侮蔑の眼差しだった。
 それ以降、茜は言葉を発することはおろか、目も合わせてこなかった。
 最大限に言葉を選んだつもりだったのに、どうやら失敗したらしい。

 違う。わかっていた。茜が私に求めていたのは同意だけ。そしてふたりで蘭音に対する日頃の鬱憤を晴らすことが目的なのだと。
 私だって蘭音への不満は溢れんばかりにある。だけど、いくら促されたからといって蘭音の悪口を言うわけにはいかない。

 目の前の現実から逃げるように(くう)を見つめてから、無意味に教室を見渡した。
 時生と目が合った。私に穴が空きそうなくらいめちゃくちゃこっちを見ていた。
 なんの意味が込められているのかは読み取れなかったけれど、また逃げるように目を逸らした。