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〈四月二十一日(木)日直 堀・真鍋/欠席 なし〉

 火曜日も休んでいた永倉くんが水曜日から登校し、咲葵と付き合い始めたことはあっという間に知れ渡った。それもまた蘭音の憤りを増幅させる材料に違いなかった。

 私たちの世界にはいくつかのルールが存在する。〝友達〟というカテゴリーでの鉄則のひとつは、なんでも報告し合うこと。恋愛に関することならなおさら。
 蘭音も茜も、噂が耳に入るその瞬間まで、咲葵が永倉くんのことを好きだったことすら知らなかった。「友達なのに聞いてなかった」あるいは「自分だけ知らなかった」はご法度なのだ。

「ねえ美桜、今日遊ばない?」

 心苦しいのはこういうとき。
 咲葵がグループから抜けて四日。咲葵はこうして、私がひとりになるタイミングを見計らって話しかけてくれる。今も私がトイレに行ったのを見て追いかけて来てくれたようだった。
 その度に気持ちが揺らぐ。荒波みたいに大きく激しく。

「あのね、ちょっと美桜に相談っていうか、話したいことあって……」
「あ……ごめん。今日は早く帰らなきゃいけなくて」

 本当は用事なんてない。なくはないけれど、早く帰りたくなんてない。
 だけど咲葵と遊んだことが蘭音と茜にばれたらどんな目に遭うかわからない。

「……そっか、そうだよね。じゃあ、また今度ね」

 咲葵は曖昧に微笑んで教室へと歩いて行った。
 立ち尽くしたまま後ろ姿を見ていると、後悔の念が激しく押し寄せた。

 私なにしてるんだろう。どうして咲葵のことを裏切ってまで、蘭音と茜の機嫌をとってるんだろう。どうしてバカみたいにへらへら笑っていられるんだろう。
 咲葵は何度も何度も私のことを庇ってくれたのに。
 裏切り者の私に、こうして話しかけてくれるのに。

「さ──」

 一歩踏み出したとき、教室から女の子が出てきた。

「あ! いたいた、咲葵ちゃん!」
「シオリちゃん! どうしたの?」
「あのね──」

 一切の校則違反をすることなく着ている制服。後頭部でひとつにまとめた黒い髪。直線に切り揃えられた前髪の下にある眼鏡。化粧っけのない顔。
 間違いなくクラスメイトの女の子だというのに、「シオリ」という名前を聞いてもぴんと来なかった。それどころか、私は彼女の名字さえうろ覚えだった。
 だって一年の頃は違うクラスだったし、同じクラスになってからも話したことすらないし──と胸中で誰にも聞こえない言い訳をする。

 数メートル先で、まるで古くからの親友同士みたいに、咲葵とシオリちゃんは会話を弾ませていた。
 咲葵は昔からそうだった。グループだとかカーストだとか男女だとか関係なく、誰とでも分け隔てなく接して、こうして自然に下の名前で呼んだりする。シオリちゃんだけじゃなく、きっとクラス全員の名前を覚えている。だからこその人気と人望だ。

 今度は教室から永倉くんが出てきた。シオリちゃんは気を利かせたのか去っていき、ふたりで微笑み合っている。
 ああ、やっぱりお似合いだ。誰が見ても公認のカップルだ。

 そうだ。咲葵には永倉くんだっている。それに、いつもたくさんの人に囲まれている。
 罪悪感なんて必要なかったんだ。
 別に私との仲がこじれたからって、咲葵はノーダメージなのだから。
 それに大事(おおごと)になっていないのは咲葵だから。もしも標的が私だったらただじゃ済まない。

 今の標的は咲葵だからしばらく私は大丈夫だなんて、そんなことはありえない。
 なぜなら、私がグループ内で好かれているわけでも赦されているわけでもないから。私をハブく理由より、咲葵をハブく理由がほんの少し早く、ほんの少し上回っただけ。今回はたまたまぎりぎりセーフだっただけ。
 私はいつだって、いつ切れるかわからない、細くてぼろぼろの糸の上に立っている。