家に帰っても安息の時間は訪れない。
 スマホを見れば、今日もまたグループトークで実のない話が繰り広げられていく。『あかのみさき』は咲葵が抜けて三人になり、『2Dいつメン』も咲葵と永倉くんが抜けて六人になった。

 メッセージの内容は大きく三つ。
 蘭音をもてはやす、誰かの悪口を言う、私をいじり倒す。今日は私をいじり倒す日のようだった。

 時生とのやりとりで使ったうさぎのスタンプではなく、なんだかよくわからない落書きみたいなキャラクターが大爆笑しているスタンプと自虐の文を送り続ける。『www』だらけのメッセージをぼんやりと眺めながら、猛スピードで気分が沈んでいく。
 そんな私の気持ちを汲み取ったかのようなタイミングで電話が鳴った。
 坂部からだ。
 気を取り直して通話に切り替えた。

「もしもーし」
「おー。みんなに声かけた? 男はけっこう集まりそう」

 耳からスマホを離してスピーカーにして、トーク履歴を確認する。

「今のところとりあえず私とヒカリとマイはいつでもおっけー。あとは……」
「あれ? 咲葵は?」

 ドキッとした。

「んー……まだ訊けてなくて。でも忙しそうだし、どうだろう」

 もちろん咲葵も誘わなければいけない。永倉くんのことが好きだと打ち明けられた日から、誘うタイミングを逃し続けていた。
 それは気まずさもあるし、土曜日に咲葵からメッセージが届いたせいもあった。

【昨日美桜と別れたあとに告白されて、付き合うことになったよ】

 ただし忙しそうだというのも嘘ではない。
 中学の頃から、咲葵はクラスの集まりに積極的に参加する方ではなかった。高校に入ってからは特に、誘う度に「その日は予定がある」と言うことが増えて、どんどん顔を出さなくなっていった。

「そっか。……じゃあいいや。クラス会はまた今度な」
「え?」
「みんな集まれるときの方がいいだろ。まー夏休みにでも」

 全員じゃなくても、とりあえず来られるメンバーで集まればいいんじゃないの?

 でもまあ、そっか。そうだよね。残念だけど坂部の言う通りだ。確かにみんなで集まれるときの方がいい。誘えていない私が悪いわけだし、仕方ないか。
 めちゃくちゃ楽しみにしてたんだけどな。

「うん、わかった」
「また連絡する。じゃあな」

 少しもやもやしながら電話を切った。すぐに晴れることなく、じわじわと濃くなっていく。
 悲しいとか寂しいとか残念とか、その感情の中に判然としないなにかが浮かんでいた。
 前にもこんなことがあったような気がする。だけど思い出せない。
 昔からそうだった。中学時代のことを思い出そうとすると、パズルのピースがところどころ欠けているみたいな感覚を覚えるときがある。

 目を閉じて記憶をたぐり寄せていくと、まぶたの裏に中学時代の映像が流れていく。咲葵を始めいつメンの女の子たち。そして坂部たち男の子。
 ふいに誰かの影がぼんやり浮かんだ。

「──え?」

 つい目を開けてしまい、映像が途切れた。もう一度目を閉じてみても、もうなにも浮かんでこない。

 ──今の、誰だろう。

 考えようにも、ほんの一瞬だったせいで男子か女子かさえわからない。夢だったのだろうか。寝落ちしかけたのかもしれない。
 性別さえわからない影の正体を突き止められるはずがないし、考えるのはやめた。

 だけど、なんだろう。
 他にも、すごく大切なことをたくさん忘れている気がする。