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〈四月十八日(月)日直 新田・根津/欠席 永倉〉

 たったの一日で世界は変わる。

 毎朝恒例である蘭音と茜の愚痴タイムには、代わる代わるいろんな人の名前が出てくる。二年になってから、その大半を占めていたのが他でもない時生だった。
 つい先週までは、そうだった。

「ねえ、咲葵って最近調子のってない?」

 教室に入ってくるなり蘭音が言った。

「わかるー。空気読めないしね。男子味方につけていい気になってんじゃね?」

 茜が待ってましたとばかりに食いつく。
 一見いつもとなんら変わりない、最悪の一日の始まりを告げる朝の風景なのに、なにが起きたのかわからなかった。

 今「咲葵」って言った? どうして急に?

 蘭音が咲葵のことをよく思っていないことはわかっていた。ライバル視なんて生易しいものではなく、間違いなく敵視していると。
 だけど今の今まで、こうして咲葵の悪口を言ったことはなかった。
 金曜日のカラオケでさっさと帰ってしまったことがよほど癇に障ったのだろうか。蘭音の中で積もり積もっていた咲葵への不満や敵対心が、あの日にとうとう爆発したのだろうか。

「やっぱり? 男子の前だと声変わるじゃん。あざといよねー。あーゆう女まじ嫌い。あの甘ったるい声聞いてたら毎日ストレスで死にそうだったし」
「蘭音も気づいてたんだあ。じゃあもっと早く言えばよかったー」

 そんなことない。
 咲葵はいつだってみんなに平等に接してる。

「ねえ、美桜もそう思うよねー?」

 ひゅっと喉が鳴った。
 うまく声が出なくて、曖昧に笑うことしかできなかった。

 蘭音と茜は咲葵への態度を変えた。
 登校してからたったの五分で状況を察した咲葵は、私たちのところには来なくなった。

 表立つほどあからさまな嫌がらせはなかった。
 いじめなんてださいことは絶対にしない。それもまた蘭音の口癖だった。
 確かに蘭音は、どれだけ言葉の刃を振り回しても物理的な攻撃をしたことはない。だけど今回ばかりは、それは建前だ。
 なにもしない──いや、できない理由は〝咲葵が人気者だから〟に他ならない。取り巻きトリオさえ咲葵の悪口には便乗せず、沈黙と愛想笑いを貫いていた。

「はい出ましたー。まーた男に愛想振りまいてんじゃん」

 咲葵という強敵にふたりができることと言えば、こうして遠巻きに陰口を叩くことくらい。
 帰る前に黒板の日付と翌日の日直の名前を書くのは、書記である咲葵の仕事。チョークを片手に黒板と向き合っている咲葵の周りには男の子が数人群がっていた。
 ただしその輪には女の子もいる。単に咲葵がクラスメイトに囲まれているだけ。

「ねえ、美桜もそう思うよねー?」

 なによりも困るのは、こうして同意を求められること。
 人と人が結束を固めるための一番手っ取り早い方法は、同じ人の悪口を言い合うことだという。
 それは紛れもなく事実なのだと、今強く思う。蘭音と茜の間にある絆は正真正銘それだった。

 今もそう。私がここで同意すれば、咲葵に対してマイナスな発言をすれば、私はとりあえず彼女たちの〝仲間〟として居続けられるのだろう。
 だけど私は、歪な笑みを浮かべることしかできなかった。
 だけど私は、否定することもできなかった。