「たったの一日で世界がひっくり返った。それから卒業までの半年間、私はずっとひとりだった。バカだのブスだの空気読めないだの仕切り屋だの、悪口だって散々言われた。ちなみにあだ名は『貞子』。それが嫌で髪切ったら、今度は『こけし』になっちゃった」
なんにも面白くないのに、乾いた笑いがひとつこぼれた。
「どうしてそうなったのか、理由は至ってシンプル。リサは恵まれた容姿と家柄を持った、圧倒的な強者だったから」
物語に主人公と脇役がいるように、世の中には強者と弱者がいる。
最終的に勝ち残るのはいつだって強者だ。弱者がどれだけ正論を言っても、強者と反対意見になればなにかしらの理由で批判をされてジ・エンド。逆に間違っていることを言っても、それが強者と同意見であれば認められる。
弱者が強者になれないのは、大きな理由がある。顔が可愛いとか、運動神経がいいとか、家がお金持ちだとか、生まれ持ったものも大きく関係しているから。
小さく息を吐いて時生を見ると、時間が止まったのかと錯覚するくらい微動だにしないまま月を見上げていた。
「あの……ごめん。つまんない話しちゃったね」
「つまんなくない。聞けてよかった」
「よかったって……そんなわけないでしょ。なに言ってるの。適当なこと言わないでよ」
「よかったんだよ。話してくれて嬉しかった。ありがとう」
「こんな暗い昔話聞かされて嬉しいわけ──」
「昔テレビかなんかで観たんだけど、人の脳って嫌な記憶が七割くらい占めてるんだって。そういう造りなんだって」
「は?」
また突拍子もないこと言い出した。
「じゃあ、なにかある度に嫌な記憶ばっかり呼び起こされて、またかって余計に落ち込むじゃん。どんどん辛くなっていくじゃん」
「免疫をつけるためだよ。あんなに辛かったことに耐えられたんだから、乗り越えられたんだから、次もきっと大丈夫、あの頃よりも強くなってるはず、って」
よくわからないけど、時生なりになにかを伝えようとしてくれてるのかもしれない。全然伝わらないけど。
時生が意外とポジティブだということはわかった。
「そうなの?」
「諸説あり」
「なにそれ」
「俺はそう思うようにしてる。……けど、なんていうか……だからって、無理にでも全部乗り越えなきゃいけないってわけじゃなくて……ごめん、うまく言えないんだけど」
やけに歯切れが悪い。