〈四月八日(金)日直 遠藤・大出/欠席 なし〉
ただでさえ春と呼ぶには寒すぎる気温なのに、この教室はまるで真冬に戻ってしまったかのように凍てついていた。
「あんた、あたしに気あんの?」
新学期ほやほやの教室で、腕を組んで仁王立ちしている彼女が言った。わざわざ昼休みの終わり頃に、みんなの前で、わざと。
彼女の前にいるのは──彼女が見下しているのは、新学期早々に『ぼっちの陰キャ』と認定された男の子だ。
事の発端は、つい昨日、彼が彼女のことを好きなんじゃないかという噂が流れたことだった。なにやら彼がずっと彼女のことを見ているというのだ。
誰が言い出したのかはわからない。確信するほどの根拠もなかったように思う。なぜって、私たちがクラスメイトになってまだ三日目。その間、彼が彼女に話しかけるところは見たことがない。それ以前に彼は誰とも──少なくとも教室内では、だけれど──喋っていない。
ひとつだけ心当たりっぽいものがあるとするのなら、新学期初日は窓側の席だった彼が急遽廊下側の席の子と代わってもらい、彼女の近くの席になったこと。とはいえ前後左右ならまだしも二列離れているし、断じて確信を持てるほどではない。
ならばなぜこんなことになっているのだろう。
『ぼっちの陰キャ』と認定された彼をいじって、突然のことにうろたえる姿をみんなで笑い飛ばしてやろうかと思ったのか。
あるいは、彼を含め新しくクラスメイトになった子たちに、このクラスの主導権を握るのは自分だと早い段階から知らしめたかったのか。
またあるいは、彼女が本当に噂を真に受けていて、こっぴどく振ってやろうかと思ったのか。
おそらく全部だろうな、と悟るまでには二秒くらいしかかからなかった。彼女の表情には「あたしがあんたなんか相手にするわけないじゃない」と、古典的なドラマにでも出てきそうな決め台詞を吐く準備ができていることが窺えた。
とにもかくにも、彼がただ巻き添えを食っただけの被害者であることだけは間違いなかった。
視線はふたりに──いや、彼に集まっている。ひやひやといった表情の子もいれば、愉しんでいるような卑しい目つきの子もいる。
強制的に当事者にされた彼は、自席に座ったまま眉ひとつ動かさずに彼女を見上げていた。
薄く開いた唇の隙間から出た言葉は、
「え……興味ないけど」
だった。
その瞬間、教室内の気温はいよいよ氷点下に陥った。
呆気にとられたのは彼女だけじゃない。私を含めておそらくその場にいた全員が(いや、ただひとりを除いて)同じ顔になっていたことだろう。目を見張って、口をあんぐりとさせて、その顔から瞬く間に血の気が引いていった。
つい最近まで地面を覆い尽くしていた雪よりも顔を白くして、文字通り凍りついている私たち。反して、火が噴射する寸前みたいに顔を真っ赤にしている彼女。
解除不可能な時限爆弾のスイッチをオンにした犯人は、何事もなかったかのように颯爽とその場を去ったのだった。