非常階段を駆け上がってビルの屋上に向かう。
 このまま帰ってしまえばいいのに。だけど残りの一時間は今日一番の盛り上がりを見せるのだろう。いや、そうしなければいけない。白々しいくらい盛り上げて、さっきの出来事をまた抹消しなければいけない。
 だから、どんなに息苦しくても、あと一時間は耐えなければいけない。

 こんな気持ちになってまで、そんなことばかり考えてしまう自分が悔しい。
 どれだけ声に出せない文句ばかり浮かべても、愛想笑いでその場を乗り切る。私にはそうすることしかできなかった。
 とはいえやっぱり身体は正直だ。すぐに部屋に戻るつもりで、ほんの束の間でも深呼吸をするためだけに出てきたはずなのに、無意識に自分の荷物を持って来ていた。

 ──帰りたい。今すぐに帰りたい。もうこの場にいたくない。

 どうしよう。新学期になってからまだ一ヶ月も経っていないのに、すでにきつい。

 一ヶ月?
 違う。もっとずっと前からこうだった。
 一年前に高校に入学して、蘭音や茜と行動を共にするようになってから──いや、もっともっと、ずっと前から、ずっと。

 顔を上げると、建ち並ぶビルに切り取られた空はとっくに闇に呑まれていた。
 真ん中に浮かんでいる月が、ひどく窮屈そうだった。
 雨が降ってくれたらいいのに。そしたらこの乾ききった身体がほんの少しでも潤うかもしれないのに。

 屋上には金網フェンスなどの囲いが設置されていなかった。
 一歩、一歩、左右の足を順番に前に出していく。
 つま先がこつんとコンクリートにあたった。簡単に飛び越えられる高さのそれに右足を乗せて、ぐっと地面を踏んで、左足も乗せた。

 ここは五階だ。それでも、見下ろしてみると、思っていたよりもずっと地面が遠くに見えた。
 今もしも突風が吹いたら、バランスを崩して落ちてしまうかもしれない。
 そしたら死ぬんだろうか。下手をすれば大怪我を負うだけなんて中途半端に終わるだろうか。だけど地面はアスファルトだし、頭から真っ逆さまに落ちたらさすがに助からないだろうな。

 自殺って、わりと衝動なのかもしれない。「死にたい」が「死のう」に変わるのは、ふとした瞬間なのかもしれない。

 もしも今──

「わっ」

 バランスを崩して後ろに倒れた。いや、倒れかけた。
 背中にあたったのは、コンクリートでもアスファルトでもなく人の感触だった。