まっすぐに伸ばされた人さし指の先にいるのは、

「……え?」

 私だった。

 静まり返った室内に、何人かの息を呑む音が小さく響いた。
 全員を絶句させた張本人は、いつかみたいに颯爽とこの場を去っていった。
 まさに地獄のような数秒間の沈黙ののち、狼狽しきっている茜が言った。

「あ……はは。消去法で選んだんじゃね?」

 消去法って、なんだそれ。二次災害が起こってる。
 ずきりと傷んだ胸に手を当てながら、できうる限りのおちゃらけた声で言った。

「そ、そうかも。私くらいがちょうどいいと思ったんじゃない? ほら私、地味だしブスだから」

 自分で言ってて悲しくなる。だけど般若さながらの形相でドアを睨みつけている蘭音を宥めるためには、これでもかというほど卑下するしかない。ちょっとした自虐なんかじゃ全然足りない。

「てか美桜、まさかあいつとデキてんの?」
「そんなわけないじゃん!」
「まじで? ねえ蘭音、怪しいよね?」

 あはは、と何人かの乾いた笑いが、どうにか蘭音の爆破を防いでくれという懇願に聞こえた。
 蘭音がクラス一の陰キャに二度も恥をかかされたという事実を作ってはいけない。
 室内にはそんな空気だけがはっきりと漂っている。

 針みたいに尖っていた蘭音の目が、徐々に丸みを帯びていく。

「え、待って、なにこの空気。みんなどうしたの? てか美桜かわいそー。あいつに指さされるとか黒歴史じゃん」

 さらっとトドメを刺された。
 蘭音がわざとらしく手を叩いて笑うと、ついに笑いという暴風が吹き荒れた。
 男の子たちは「美桜やべえじゃん」「確かに陰キャとブスでお似合いかもな」「まじで黒歴史だな」などと口々に言う。どうやら私は勝手に黒歴史を作られてしまったらしい。
 警鐘のような鈍い音を立てている胸に手をあてて、引きつった笑顔という装備を身につけて、私も暴風の中に身を投げた。

 一体みんななにがしたいんだろう。どうして私が胸を痛めてまで尻拭いしなきゃいけないんだろう。

 なにはともあれ、これにて一件落着だ。ここにいる全員が、蘭音が憤怒したらどんな惨状になるのかを重々理解している。それに比べたら、私がちょっとした怪我を負うくらいなんてことない。
 こんなの気にすることない。悪気はあるかもしれないけれど、悪意というほどでもない。
 だって私は〝悪意〟を知っている。

 なのに、どうしてだろう。
 まるで急激に酸素濃度が薄れたみたいに、息がしづらい。

「あはは、ほんとだよねー。……ごめん、ちょっとトイレ」

 返事を待たずに部屋を出た。