「ごめん。でも言わなきゃと思って」

「蓮ってほんとに……ああー‼」

「えっ」

「外で遊んだ日、もしかして他の人たちには私がひとりではしゃいでるように見えてたってこと……?」

「ご、ごめん……」

「蓮はわかってたんだよね。だからわざわざ遠くまで行ったんだ……」

「ご、ごめん……」

 なんてことだ。だからあんなに不審な目でじろじろ見られてたのか。端から見れば完全にちょっと(いやかなり)おかしな人だっただろう。

 じろりと睨みつけると、蓮は目を泳がせて一歩後退した。逃がすまいと繋いでいる手に力を──込めようとしたのに、空気を掴んだだけだった。

 もう半透明じゃなかった。手首まで完全に透明になっていた。

 もうすぐ、蓮がいなくなってしまう。

 咄嗟に蓮の学ランの胸元を掴んだ。

「……いいよもう。すっごい楽しかったから」

 また込み上げてくる涙をぐっと飲み込んで、笑顔を作った。

 本当に、本当に楽しかった。もしかしたら人生で一番笑ったかもしれない。

 私はきっと、あの日のことを一生忘れない。忘れたくない。

 辛いことが起きる度に、何度でも思い出すだろう。

 またいつか、あの日みたいに思いっきり笑える日が来ると信じて。

「うん。俺もめちゃくちゃ楽しかった」

 蓮は泣き腫らした目を細めて、びしょ濡れの頬を綻ばせた。

 少しずつ薄闇に溶けていく。

 ふいに、その姿がいつからか脳裏にぼんやり浮かんでいた影と重なった。

 そのとき、頭の中でなにかが小さく弾けた。

「……ねえ、蓮。奇跡、起きてるよ」

「え?」

「だって私、蓮のこと覚えてる」

 いつも、すごく大切なことを忘れている気がしていた。たくさんたくさん思い出したはずなのに、それでもまだ靄がかかっているような感覚が抜けきれなかった。

 今もまだ完全には晴れていない。だけど、その影がよりはっきりと形を成している。

「ごめん。ちゃんと思い出したわけじゃないんだけど……なんとなくね、蓮の影を覚えてるっていうか、思い出した気がするの。辛かったとき、いつも誰かがそばにいてくれた気がする。今もね、ずっと誰かを捜してたような、待ってたような気がするの」

 咲葵は中学の頃も私に好きな人がいたはずだと言っていた。

 誰のことを好きだったのかまるで思い出せないのに、蓮の話を聞いても全然思い出せないのに、確かに誰かを想っていた気がする。

 たぶん、それは蓮だった。