それだけじゃない。蓮と永倉くんは自分を犠牲にしてまで、私たちを守ってくれていた。
「ねえ、なんで、透明になってるの? ……もうすぐ、元の世界に戻るの?」
「わからない。もしかしたらこのまま美桜といられるんじゃないかって期待してたけど、やっぱり全部が丸く収まるなんてありえないのかな」
元の世界に戻るだけならいい。会えなくなったとしても、蓮がどこかで生きているのならそれでいい。
だけど世界が変わってしまっているのなら、あるいはここが別の世界なら、元通りの生活に戻れる保証などあるのだろうか。
「当たり前だよね。永倉の言う通りだった。過去に戻るなんて、人の生死を変えるなんて、そんなことしていいはずがなかったんだ。本当なら今日、美桜はもう死んでる。俺はその事実を変えた」
蓮が手を伸ばし、私の手からスマホをとった。その手はさっきよりもさらに透けていた。
指は骨みたいに細くて、だけど長くて関節がしっかりしている、頼りなくなんかない手。
いつか私を救ってくれた、大きな手。
それが今、力なく光り、消えかけている。
「……ねえ、蓮。みんなの記憶から、蓮や永倉くんの存在が消えちゃってたんだよね」
「うん」
「なんで? 私が蓮のこと忘れてるって気づいたときに、なんで私から離れなかったの? だってそんなの、もう別人じゃん。蓮と付き合ってた私じゃないじゃん。好きだった人に、付き合ってた人に忘れられてるなんて、そんなの絶対に辛いはずじゃん」
「美桜は美桜だよ。俺が大好きだった、優しい美桜だよ」
「違う。私、優しくないよ。蓮は前にも私のこと優しいって言ってくれたけど、優しくなんかないんだよ。自分のことしか考えてなくて……」
「初めて会ったとき、俺の名前呼んでくれた」
蓮の声音は、今この瞬間消えかけているとは思えないくらい穏やかだった。
「俺、昔から変なあだ名ばっかりつけられてたし、名前で呼ばれることなんてあんまりなかったから。今だって、美桜は一度も俺のこと『あいつ』とか『あんた』とか言わなかったよ。『時生』って、ずっと名前で呼んでくれてた。あいつらがどれだけ俺のことぼろくそ言ってても、美桜は一度も便乗しなかった。立花のことだって一度も悪く言ってなかったよ」
「……でも、庇うこともできなかった」