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その封筒が届いたのは、十年の歳月が流れようとしていた春先のことだった。
差出人を見て、思わず「え?」と間の抜けた声が漏れる。美桜の親友である立花咲葵からだった。
なぜ立花から手紙が送られてきたのかは皆目見当がつかない。中高と一緒ではあったがほとんど話したことはないし、無論、卒業後は疎遠だった。
いや、違う。そういえば、立花はあの日──地震で大怪我を負ってすぐに転校したんだ。休みがちになった立花が荷物をとりに教室へ来たとき、小さな顔は大きなガーゼで覆われ、身体の至るところに包帯が巻かれていた。
転校の理由は、詳しくはわからない。訊くほどの仲の友達はいなかったし、噂話が耳に入ってくるほどクラスに溶け込めていなかった。
正直あまり気に留めてすらいなかった。当時はそれどころじゃなかった。母さんが毎日ケツを叩いて送り出してくれなければ、おそらく俺は無事に卒業できていなかった。
あの日以来、俺の中で大きく変わったことがふたつある。
高いところが怖くなった。
高い場所にいると発作みたいに動悸がして、震えと汗が止まらなくなった。ただし高所恐怖症とは少し違うと思う。そこから飛び降りる美桜の後ろ姿を想像してしまうからだ。とんだ白昼夢で、この上ない悪夢。
ガラスが怖くなった。
窓側の席に座れなくなった。窓に限らず〝大きな四角いガラス〟全般が恐怖の対象になり、鏡の前に立っていることすら苦痛だった。洗顔や歯磨きなどの必要最低限が限界だった。髪がぼさぼさだとからかわれようが、そんなことはどうでもよかった。美容室など拷問でしかなかった。
怪我をしたときの記憶はほとんどないのに、それでもトラウマとしてしっかり刻まれていることが不思議だった。
不幸中の幸いで腕だけで済んだ俺でさえそうだったのだから、もっと深い傷を負った立花のショックやトラウマは想像を絶するだろう。
と、そんな立花から突然手紙を送られてきて、正直かなり驚いていた。
大きめの封筒の中には、二通の手紙が入っていた。厚いものと、薄いもの。
不思議に思いながらも、まずは『時生蓮様』と流麗な字で書かれている厚い方の手紙の封を切った。