幼いきょうだいを父親に預け、彼女は個室のドアを開けた。
ほのかに漂っていた線香の匂いがよりはっきりと鼻腔をくすぐった。
写真立てには美桜の写真が飾られていた。俺が何度も見てきた、大好きだった、笑顔の美桜がそこにいた。
周囲にはクラスメイトたちがそれぞれ持参したのだろうお供え物がいくつか並んでいた。
その後ろには、大きな白い箱が置かれていた。
「あの……顔、を」
見ても、いいですか。
昨日からずっとこうだ。情けないほどに声が震えて、最後まで言葉にできない。
彼女は小さく微笑み、わずかに頷いた。
両開きの小さな扉が開く。
震える身体を右手で押さえ、ゆっくりと覗く。
そこには美桜が眠っていた。
真っ白な肌にピンク色の口紅。死化粧、という単語が浮かんで、ふっと消えた。
まるで人形みたいだった。人形だと言われても納得してしまうくらい、俺が知っている美桜じゃなかった。
「今にも起きてきそうでしょう」
彼女は俺の隣から美桜を覗き込み、慈しむように指先でそっと箱を一度撫でた。
声の出し方を忘れてしまったかのように、薄く開いた唇から音が出ない。
「名前、聞いてもいいかな」
「……時生、です。時生蓮」
「かっこいい名前だね」
彼女が微笑むと、少し幼くなった。
まるで美桜がそこにいるみたいだった。
「間違ってたらごめんね。もしかして……美桜の彼氏?」
「あの……」
違う。俺たちはもう別れている。
なのに否定できなかった。否定してしまえば、俺と美桜を繋いでいる細い糸が完全に切れてしまうような気がした。
もう、とっくに切れているのに。
「……そっか。彼氏がいるなんて全然知らなかったなあ」
彼女の目に涙が滲む。
寒くもないのに、身体がぶるっと震えた。
「……美桜ね、一度だけ、学校に行きたくないって言ったの」
──友達とうまくいってなくて。
──学校さぼって、外で思いっきりはしゃいじゃおうよ。
美桜の声が、鮮明によみがえった。
そのとき、やっと気づいた。今さら気づいた。
あれは美桜が発したSOSだったのだと。
「体調が悪いのかって訊いてもそうじゃないって言うし、だったら行きなさいって言ったの。友達と些細な喧嘩でもしたんでしょって決めつけて、強くなりなさいって言った。……あのとき美桜がどんな顔してたか、覚えてないの」
──らしくない。
俺がそう言ったとき、美桜は怒っていた。