眠れぬ夜を過ごし、家を出ることができたのは辺りが闇に呑まれた頃だった。

 早く行かなければいけない。

 言い聞かせるよう何度もそう思うのに、どうしても身体が動いてくれなかった。頭もぼんやりしたままだった。さすがに血を流しすぎたのかもしれない。

 身体に鞭打ってどうにか目的の建物にたどり着き、傘を畳んでエントランスホールを抜けた。まるで警告音みたいに、今さらじくじくと傷口が痛んできた。

 来る時間が遅かったせいか、クラスメイトはもういなかった。

 個室の前にはまだ三十代くらいの若い女の人と、彼女を支えるように肩を抱いている五十歳くらいの男の人、傍らに幼い子供がふたり立っていた。

「……あの」

 女の人が振り向いたとき、思わず息を呑んだ。

 ──美桜にそっくりだ。

「あなたも……美桜のクラスの子? 来てくれてありがとう。美桜が喜ぶよ」

 気丈に振る舞う彼女──美桜の母親は、ひどくやつれていた。

「あ、えっと……」

 こういうとき、なんて言えばいいのだろう。

 お悔やみ申し上げます、だっけ。お線香をあげさせてください、だっけ。あれ、お焼香だっけ。

 いくつか言葉が浮かんでいるのに、声にならなかった。どれも違う気がした。

 だって俺は、

 俺、は。

「美桜に、会ってあげてくれる?」

 そうだ。お悔やみを伝えたいわけでも、焼香をしたいわけでもない。

「会わせて……ください」

 ただ、美桜に会いたかったんだ。