俺もまがりなりにも男なので、ずっと部屋にいればそれなりのこともした。
だから安心しきっていた。美桜の全てを手に入れた気でいた。美桜のことはなんでも知っていると思っていた。
いつしか一緒にいるのが当たり前になっていた。
片想いしていた頃の、付き合えたときの気持ちが、どんどん薄れていった。
あんなに好きだったのに。いや、大好きな気持ちは変わりないはずだったのに。
不思議だった。一緒にいればいるほど、マイナスな感情ばかりが強くなっていくのだから。
付き合って三度目の冬が来る頃には、あれだけ言っていた「好き」よりも不満ばかり口にするようになった。
「いい加減、名前で呼んでよ」
「え。いいじゃん別に。時生って名字かっこいいし。てか今さら呼べないよ」
「呼んでよ」
「もういいじゃん。そんなことより、明日一緒に学校さぼらない?」
「は? なんで?」
「一日だけ学校さぼって、外で思いっきりはしゃいじゃおうよ。ほら、カラオケとかゲーセンとか行って」
美桜らしくない発言だった。
それ以上に「そんなこと」と言われたことに腹が立った。
「なに言ってんの」
口調がきつくなった自覚はあった。だけど謝ることも直すこともしなかった。
「あの……ね。実は最近、友達とうまくいってなくて」
「あ。やっぱり喧嘩したの」
「やっぱりって?」
「最近あんまり一緒にいないみたいだから」
名前を出さずとも誰のことか伝わったようだった。美桜の親友で、俺も中二のときに同じクラスだった立花咲葵。
同じ高校に進学したが、最近は一緒にいるところを見かけていない。
「気づいてたの?」
当然だ。俺は今でも美桜のことをずっと見ているのだから。
喜んでくれるかと思ったら、
「……気づいてたのに、なんでなにも言ってくれなかったの?」
顔を上げた美桜の顔は強張り、声は少し震えていた。
「別に。友達なら他にもいっぱいいるじゃん」
本心と嫌味が半々だった。実際に美桜は他の友達と一緒にいる。俺がもっとも苦手とする、やたら派手でやたら声がでかい人種。
友達に囲まれて笑っている美桜が好きだった。だけど最近は同じくらい、友達ばかりで俺を放置することに苛立っていた。
高校に入ってもなお俺と付き合っていることを隠し続けようとすることにも、いい加減我慢ならなかった。
美桜はもう〝冷やかされること〟が恥ずかしいんじゃない。〝俺と付き合ってること〟が恥ずかしいのだと、薄々気づいていた。
「……ほんとに友達だと思う?」
「え?」
「本当の友達って、なんだろうね」
自嘲気味に笑った美桜に答えられなかった。
友達に本物も偽物もいるのか。友達がいない俺には難しい問いだった。
答えられないから、俺は無理やり話題を変えた。
「俺がそういうの苦手なの知ってるじゃん。それにさぼるとからしくない」
美桜の顔がさらに曇る。膝に乗せていた手をぎゅっと握った。
「私らしいって、なに?」
「は?」
「なに言われてもへらへら笑ってるところ? ねえ、私のことなんだと思ってるの⁉」
美桜が怒ったのは初めてだった。むすっとしたりは今まで何度もあったが、こうして感情をぶつけてきたり声を荒げたことは一度もない。
「なに怒ってんの」
美桜ははっとしてまた俯いた。
今度はどんな顔をしているのか見えなかった。
「……なんでもない。うん、そうだね。学校さぼって遊ぶなんてだめだよね。変なこと言ってごめんね」
俺はちゃんと話を聞いてやらなかった。
美桜はいつも笑っているから、強いから、なにがあっても大丈夫。少しくらい悩んだって、またすぐに元気になる。
愚かなほどに、そう信じていた。そう思い込んでいた。
あれだけ追い続けていたのに、ずっとずっと見続けてきたのに、俺は肝心なことを全て見落としていた。
そんな俺に〝美桜らしさ〟がわかっていたのだろうか。
答えは否だった。